稲垣覚之丞(読み)いながき かくのじょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「稲垣覚之丞」の解説

稲垣覚之丞 いながき-かくのじょう

1830-1867 幕末武士
天保(てんぽう)元年生まれ。越後(えちご)(新潟県)村松藩士。藩主堀直賀(なおよし)に近侍し,下野勘平(しもの-かんぺい),佐々耕庵(ささ-こうあん)らの勤王運動にくわわったが,佐幕派家老にはばまれて側用人使番の職を追われた。勘平ら6人が捕らえられて死罪を宣告されたと知り,自分だけたすかるのを恥じて自首,慶応3年5月19日切腹した。38歳。名は重喬。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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