日本歴史地名大系 「稲置村」の解説
稲置村
いなおきむら
阿武隈高地の北東端から東へ延びる
慶長三年(一五九八)以降石川氏の知行地。寛永二一年(一六四四)の同氏知行目録(石川俊直家文書)には三〇貫五八四文とあり、正保郷帳では田二五貫四文・畑二一貫七五〇文で、畑の割合が比較的高い。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
阿武隈高地の北東端から東へ延びる
慶長三年(一五九八)以降石川氏の知行地。寛永二一年(一六四四)の同氏知行目録(石川俊直家文書)には三〇貫五八四文とあり、正保郷帳では田二五貫四文・畑二一貫七五〇文で、畑の割合が比較的高い。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
七種とも書く。春の七草と秋の七草とがある。春の七草は「芹(セリ),薺(ナズナ),御形(おぎょう,ごぎょう。ハハコグサ),はこべら(ハコベ),仏座(ほとけのざ。現在のコオニタビラコ),菘(すずな。カブ)...