穀丁村(読み)こくちようむら

日本歴史地名大系 「穀丁村」の解説

穀丁村
こくちようむら

[現在地名]秋田市飯島字穀丁

土崎湊つちざきみなとの北、旧雄物川河口に、南流する粒足つぶたり川(新城しんじよう川)が合する。この合流点近く、海岸の砂丘地にある。粒足川は、強い季節風による飛砂によって、しばしば流路を変えたようである。石町とも記され、藩主の鉄砲野に用いられている(「梅津政景日記」元和六年八月二五日条)。秋田氏時代の穀丁は穀丁湊こくちようみなととよばれ、米の集散地であったという。川口家文書に、

<資料は省略されています>

と伝え、また「羽陰温故誌」に「往古は船泊の土地にて、廻船問屋数軒ありて米穀移出を取扱ふを以て村名とせりと。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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