積翠寺郷(読み)せきすいじごう

日本歴史地名大系 「積翠寺郷」の解説

積翠寺郷
せきすいじごう

相(あい)川扇状地扇頂部に位置し、現上積翠寺町・下積翠寺町の一帯に比定される。郷名は石水寺(せきすいじ)とも記し、要害(ようがい)山南西麓に創建された臨済宗妙心寺派積翠寺に由来する。「武田家日坏帳」に「甲府石水寺住林出雲守」とみえるように、戦国期には広義の府中域として甲府を冠してよばれることもあった。「高白斎記」の記述から武田氏の重臣駒井高白斎(政武)の所領と推定され、現下積翠寺町の宝積(ほうしやく)寺に高白斎の墓石と伝えられる五輪塔が残る。また同書によれば永正一七年(一五二〇)に積翠寺の丸(まる)山を城に取立て(同年六月晦日条)、翌大永元年(一五二一)八月一〇日には駒井昌頼を城主に命じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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