穴沢城跡(読み)あなざわじようあと

日本歴史地名大系 「穴沢城跡」の解説

穴沢城跡
あなざわじようあと

[現在地名]入広瀬村穴沢

穴沢と大白川おおしらかわ新田の間の破間あぶるま川沿いにある。六十里越ろくじゆうりごえ八十里越はちじゆうりごえとが分岐する地点の近くに位置する要衝さるヶ城ともいう。比高一〇〇メートルほどの丘陵頂上に四〇―五〇歩の削平地があり、本丸跡と伝える。南東は岩石壁立して破間川に迫る。北西は山勢傾斜して森林があり、山の尽きる所の平地をじんはらという。戊辰戦争にも砲座が築かれ、跡が残る。穴沢の集落の近くには番屋敷ばんやしきと称する場所があり、平時の居館跡との説がある。城主は穴沢氏と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む