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立林何帠 たてばやしかげい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

立林何帠
たてばやしかげい

江戸時代中期の画家。名は立徳。号は何帠,金牛道人,喜雨斎。伝記は不明な点が多く,初め加賀の前田家の侍医を務め,のち江戸へ移住し,白井宗謙と改め,鶴岡逸民とも称した。作品に尾形光琳の「方祝」印と類似した印章を用いたため,光琳の弟子とされたこともあるが,元文3(1738)年に尾形乾山から光琳の模写した宗達扇面画を贈られているので,江戸で乾山に絵を習ったと考えられる。主要作品『佐野渡図』『松竹梅図』。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

立林何帠 たてばやし-かげい

?-? 江戸時代中期の画家。
加賀前田家の侍医をつとめ,のち江戸で尾形乾山(けんざん)に師事。元文3年(1738)乾山から尾形光琳(こうりん)が模写した俵屋宗達の扇面画をあたえられて光琳3代を名のった。姓は平林,北林とも。名は立徳。のち白井宗謙。別号に太青,鶴岡逸民など。作品に「松竹梅図屏風」「天神図」など。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

世界大百科事典内の立林何帠の言及

【尾形乾山】より

…代表作に《花籠図》(福岡市美術館),《立葵図屛風》《十二ヵ月和歌花鳥図》などがある。乾山の画風は弟子の立林何帠(たてばやしかげい)に伝えられ,琳派の画風が江戸へ普及する基となった。【河野 元昭】。…

【琳派】より

…その画風は書と画の融合をめざす情趣的なものであったが,ここに初めて琳派画風が江戸に広まる端緒が開かれた。光琳の弟子には渡辺始興,深江蘆舟,乾山には立林何帠(たてばやしかげい)らがあり,それぞれ師の画風を継承したが,写生を重視した始興はその後の絵画史に大きな影響を与えた。 1800年(寛政12)前後に大坂で活躍した中村芳中も個性的な琳派画家であったが,琳派の中心はこのころから完全に江戸へ移った。…

※「立林何帠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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