竜岡城跡(読み)たつおかじようあと

日本歴史地名大系 「竜岡城跡」の解説

竜岡城跡
たつおかじようあと

[現在地名]臼田町大字田口 竜岡

雨(あま)川扇状地につくられた平城。雨川の谷の入口にあたり、北方の山上には戦国時代の田口氏の山城があり、その麓に曹洞宗大梁山蕃松(ばんしよう)院がある。更にその東方約一キロに新海(しんがい)神社がある。城の南は雨川が西流している。西方前面には佐久平が開け、東方は雨川の谷に沿って上州道(現県道勘能―臼田線)が田口(たぐち)峠を経て上野国の南牧(なんもく)谷へ通じている。

宝永元年(一七〇四)松平乗真は佐久郡に一万一千七二二石八斗三升一合の封地をうけ、陣屋を三塚(みちづか)村瀬下五郎太夫の屋敷に建てたが、小村のため差支えあって、宝永六年陣屋を田野口村森泉甚右衛門の屋敷に建てて移転した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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