竹田村南方(読み)たけだむらみなみほう

日本歴史地名大系 「竹田村南方」の解説

竹田村南方
たけだむらみなみほう

[現在地名]田原本町大字平野(ひらの)

竹田村の東南、大網(おあみ)村の東に所在。天保八年(一八三七)の国絵図御改御用掛の見分は「南方之義者竹田村より元文四年未十一月出郷ニ相成候事」と、竹田村南方の成立を述べている。田原本藩旧記録(県立奈良図書館蔵)に所収される「天保十四年四月ヨリ御役所旧記録」には、大網村との関係が記される。すなわち竹田村南方は往古より大網村の入百姓であるため、天保七年頃に領主より村名の使用を禁ぜられた。しかし以前から年貢・諸役なども竹田村南方として一村扱いであるため、それを認めないと諸負担の納入もできないので、入百姓の分家・分身を南方へ移住する取決めを両村がした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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