笠石村(読み)かさいしむら

日本歴史地名大系 「笠石村」の解説

笠石村
かさいしむら

[現在地名]鏡石町笠石

久来石きゆうらいし村の東、釈迦堂しやかどう川東方の平地に立地。奥州道中に沿う街村で、宿駅。慶長年間(一五九六―一六一五)奥州道中整備の際、行方ゆきかた野一帯に散在していた諸村が移住を命じられ、南から行方野ゆきかたの森宿もりじゆく細谷ほそや笠石かさいし新田と並ぶ四ヵ村(笠石四ヵ村)が成立し、石川郡に所属した。村名は地内にかさ地蔵と称する石碑があることに由来するという(白河風土記)。行方野は天喜年間(一〇五三―五八)源頼義が安倍貞任・宗任兄弟追討に下向したとき先陣の高橋大蔵大夫が貞任軍を迎え討ったところと伝え(同書)、貞治六年(一三六七)七月には結城・長沼両氏と吉良治家が行方野で合戦し、足利義詮から結城氏・長沼氏に同文の感状が与えられている(同年八月二五日「足利義詮感状」結城小峰文書・皆川文書)

文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に「行方野」「森宿」「細谷」がみえ、それぞれ高一一五石余・高二六三石余・高六〇石余、森宿・細谷二ヵ村は関氏の知行地(行方野は不明)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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