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第九交響曲 だいくこうきょうきょく

百科事典マイペディアの解説

第九交響曲【だいくこうきょうきょく】

一般に,ベートーベンの最後の交響曲ニ短調をさす。1824年に完成され,同年ウィーン初演。終楽章にシラーの詩《歓喜に寄せてAn die Freude》による独唱と合唱を用い,通称〈合唱付Choral〉。約1時間20分の大作でベートーベンの総決算といえる。これがベートーベン最後の交響曲となり第10番は書かれずに終わったことから,後のブルックナーマーラーなどは9番めの交響曲に特別な意味を感じ,マーラーは9つめの交響曲《大地の歌》をあえて番号なしの交響曲とした。逆にショスタコービチの場合は,重厚壮大なライフワーク的作品を期待した周囲に対し軽妙洒脱(しゃだつ)な第9番の交響曲で応えている。

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世界大百科事典 第2版の解説

だいくこうきょうきょく【第九交響曲】

ベートーベンの最後の《交響曲第9番》,ニ短調,作品125(合唱付)をさす。作曲の直接の契機は1817年6月ロンドンのフィルハーモニー協会から交響曲を2曲依頼されたことで,彼は18年冬に第1楽章の草稿を書き始めた。しかし甥カールの後見に関する裁判やルドルフ大公の大司教就任を祝う《荘厳ミサ曲》のために,作曲の仕事は22年冬まで中断され,24年2月にようやく完成した。初演は同年5月7日にウィーンのケルントナートル劇場で行われ,当時ロッシーニに傾倒していた聴衆に深い感動を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

第九交響曲
だいくこうきょうきょく
Die neunte Symphonie

ベートーベン作曲の最後の交響曲(ニ短調・作品125)。第四楽章に声楽を加えているので、「合唱付き交響曲」と通称される。作曲は、最初の構想から数えると四半世紀にわたり、1824年ウィーンで、耳の聴こえなくなっていたベートーベン自身の指揮により初演。
 演奏に1時間以上要する規模の大きさもさることながら、四楽章構成の第三番目に緩徐楽章を配置するなど、従来の交響曲の図式を打ち破ろうとする作曲者の強い意図が表れた作品である。とりわけ純粋器楽の代表的形式である交響曲に、シラーの頌歌(しょうか)『歓喜に寄す』をテクストとした四声の独唱と四声の合唱を取り入れた点が大きな特徴といえよう。そして終楽章を目標に大規模な音楽を組み立てる作法は、ロマン派の作曲家たちに模範として高く評価された。すべてを清算し、最後にヒューマニズムをたたえて終わる内容から、祝祭的な機会に演奏されることが多く、わが国では1年の締めくくりとして年末に集中して演奏する習慣が定着している。[三宅幸夫]
『武川寛海著『「第九」のすべて』(1977・日本放送出版協会)』

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世界大百科事典内の第九交響曲の言及

【オペラ】より

… 劇場は,ドラマティックな効果のためのオーケストレーションの創意と実験の場であり,その効果はしばしば後に続く時代のシンフォニックなオーケストラの書法に吸収されていった。モーツァルトが《後宮からの誘拐》で用いたトルコ風の打楽器の用法(トライアングル,シンバル,大太鼓)は,ベートーベンによって2管編成のオーケストラに付加して用いられ,《第九交響曲》の終楽章ではすでに〈トルコ風の軍楽〉という意味をはなれて高潮した音楽的表現の山を築いている。その後ブラームスの交響曲にいたるまで,同様の打楽器の組合せは,ロマン派オーケストラの常備の編成となった。…

※「第九交響曲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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