笹岡町
ささおかまち
[現在地名]笹神村笹岡
真光寺山麓に位置し、南は山崎町、東は堤新村、西は発久新村に接する。享徳三年(一四五四)四月二八日の中条秀叟(房資)記録(三浦和田中条氏文書)に「篠岡之城」とみえ、城があった。近世初期に村上藩領となり、正保国絵図に笹岡村とあり、四三〇石余。貞享元年(一六八四)の郷村高辻帳には高四七四石八斗余とある。宝永七年(一七一〇)村上藩領削封に伴って幕府領となり、正徳元年(一七一一)笹岡町となる(笹神村史年表)。宝永四年頃の元笹岡組御巡見御案内帳(渡辺家文書)によれば高六〇二石余・田畑反別五〇町三反余、家数六〇、男一七一・女一五一。
笹岡町
ささおかまち
[現在地名]米沢市松が岬三丁目
中間町の北に位置する中級家臣屋敷町。南北の道の西側片町。享保一〇年(一七二五)の城下絵図にはみえないが、同年の城下書上によれば町の長さ一町二六間余・道幅九尺・屋敷数六。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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