笹賀村(読み)ささかむら

日本歴史地名大系 「笹賀村」の解説

笹賀村
ささかむら

[現在地名]井原市笹賀町

下出部しもいずえ村の北にあり、北東井原村。南辺を山陽道が東西に走る。寛永備中国絵図では「篠賀村」とあり、高四一〇石余、旗本花房領(高二石余)幕府領(高三九二石余)金敷かなしき寺領(高一五石)の相給。正保郷帳では幕府領(高五三七石余)・旗本花房領・金敷寺領の相給で、枝村に花木村・あせち村が載る。延宝五年(一六七七)検地帳(後月郡誌)では古検有畝三七町五反余とあり、田方二五町九反余・分米二九二石余、畑方一六町六反余・分米九八石余、屋敷一町五反余・分米一五石余で、楮一六株がみえる。


笹賀村
ささがむら

[現在地名]美山町笹賀

武儀むぎ川北岸にあり、東は徳永とくなが村・日永ひなが村、西は田栗たぐり村、北は椿つばき村に接する小村。武儀郡に属し、慶長郷帳に「佐々が村」とあり、高三六六石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳には佐々賀村とあり、旗本長谷川守知領。正保郷帳では田方七石余・畑方三五三石余、山年貢・紙舟役五石余とあり、幕府領。ただしこれらの高は田栗村・椿村を含んでいる。元文二年(一七三七)笹賀村と田栗村は岩村藩領となる。明治五年(一八七二)の村明細帳によれば田高三石余・三反余、畑高一五三石余・一五町六反余で、家数五九・人数三〇六、馬八、紙漉四〇軒と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android