等弥神社(読み)とみじんじや

日本歴史地名大系 「等弥神社」の解説

等弥神社
とみじんじや

[現在地名]桜井市大字桜井

鳥見(とみ)山西麓の能登(のと)山に鎮座し、俗に能登宮という。下(しも)ツ尾(お)社(下の宮)と上(かみ)ツ尾(お)社(上の宮)に分れ、上ツ尾社が本社で大日貴(おおひるめむち)命を祭神とし、下ツ尾社は本社西下方にあって八幡社(結びの宮)と春日社(磐余明神)を祀る。社伝によると、もとは鳥見山中にあったが、天永三年(一一一二)五月の霖雨による山崩れのため埋没したので、同年九月に現在地へ移したという。「延喜式」神名帳城上(しきじよう)郡の「等弥神社」とされる(大和志)。中世には多武峯(とうのみね)寺(現桜井市)の支配するところとなり、桜井(さくらい)村庄屋が神事をつかさどった(永正七年九月三日「勧進検断目録」談山神社文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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