筒城村(読み)つつきむら

日本歴史地名大系 「筒城村」の解説

筒城村
つつきむら

[現在地名]石田町筒城東触(つつきひがしふれ)・筒城西触(つつきにしふれ)・筒城仲触(つつきなかふれ)・山崎触(やまさきふれ)

石田村の東に位置し、南部から東部にかけては壱岐水道に、北部は内海に臨む。東部に筒城浜が広がり、その先に筒城崎と権現(ごんげん)山がある。東部の仲触に枝郷の宮田(みやた)村がある。弘仁六年(八一五)壱岐に異賊が襲来したため当地など一四ヵ所の崎に要害が設けられたという(壱岐名勝図誌)。中世は筒城庄などとみえる。慶長九年(一六〇四)の平戸領惣目録に筒城村とみえ、高四三九石余。慶長国絵図にも村名が記され、正保国絵図では高一五四石余、別に高三二石余の夕部(ゆうべ)村が記される。明暦二年(一六五六)の田方帳抜書では筒城村として拾田免・下田(しもだ)免・梶田(かじた)免(鍛冶田免)・宮田免・本(ほん)免・夕部免などがみえ、井手伊兵衛らの給知。万治二年(一六五九)筒城村の堂崎(どうさき)に夕部浦の浦人一三軒を移住させ、堂崎にも浦の跡地にも田地を開き、寛文四年(一六六四)堂崎は山崎浦と称したという(吉野家譜註記・松浦家世伝草稿)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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