箱根路(読み)ハコネジ

デジタル大辞泉 「箱根路」の意味・読み・例文・類語

はこね‐じ〔‐ぢ〕【箱根路】

小田原から箱根峠を越えて三島に至る道。約31キロ。北方足柄峠を通る足柄路に対していう。箱根八里

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精選版 日本国語大辞典 「箱根路」の意味・読み・例文・類語

はこね‐じ‥ぢ【箱根路・筥根路】

  1. 箱根峠を通り、小田原から三島に至る道。北方の足柄峠を通る足柄路に対して呼ばれる。平安初期から東海道本道となり、のち間道となったが、江戸時代に再び本道となり、元和四年(一六一八)芦ノ湖畔に箱根宿が設けられ、翌年箱根関所が置かれた。箱根八里。
    1. [初出の実例]「はこねちをわれ越えくれば伊豆の海や沖の小島に波のよるみゆ」(出典:金槐和歌集(1213)雑)

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世界大百科事典(旧版)内の箱根路の言及

【東海道】より

…しかし1185年(文治1),源頼朝が駅制を定めて京都・鎌倉間の交通路の整備をはかったので,交通路としての東海道は近江,美濃,尾張,三河,遠江,駿河,伊豆,相模を通過するこの幹線道路をさすようになった。この道を平安時代,すなわち《延喜式》に記載された東海道と比較すると,まず鈴鹿峠を越える伊勢路が,関ヶ原を越える美濃路に変更されていること,また足柄峠を越えたのち相模国府(海老名(えびな)市)より武蔵国府(府中市)にむかって内陸部を進んでいた道が,海岸沿いに鎌倉へ直行するようになったこと,さらにより鎌倉への近道となる芦ノ湖南岸の箱根路,湯坂道が,従来の北の足柄道と同等に利用,整備されるようになったこと等がおもなちがいである。室町時代の京都・鎌倉間は《大乗院日記目録》(応仁2年(1468)12月15日条)によれば,その間120余里,63宿ある。…

【箱根[町]】より

…箱根登山鉄道箱根湯本駅には小田原急行電鉄も乗り入れている。【千葉 立也】【伊倉 退蔵】
[箱根と箱根路の歴史]
 箱根は古くは〈筥荷〉〈筥根〉とも書いた。古代の東海道は,駿河から相模に向かうに際して丹沢山塊を越すのが困難なため,箱根火口原を経て相模に至る道がとられた。…

【道】より

…それは足柄峠越えから箱根峠越えへの変更である。1020年(寛仁4)の記事に始まる《更級日記》では足柄山を通っているが,鎌倉開幕後の紀行文では,1223年(貞応2)の《海道記》に足柄山,関下の宿が見えるほか,多くは箱根路を通っている。《延喜式》所載の相模の駅は坂本に始まるが,この駅は現神奈川県南足柄市関本付近に比定されている。…

※「箱根路」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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