米本館跡(読み)よねもとたてあと

日本歴史地名大系 「米本館跡」の解説

米本館跡
よねもとたてあと

[現在地名]東由利町館合

高瀬(たかせ)川の河岸段丘上、玉前小学校の地にある中世の館跡。北南西の三方を高瀬川が蛇行して囲み、いずれも二〇メートルの断崖をなし、自然の要害となる。館の広さは二ヘクタールほどあり、土塁や堀などの遺構はない。

元禄七年(一六九四)の玉米古館並に玉米殿油来聞伝之事(東由利村郷土史)によれば、応仁(一四六七―六九)の頃、由利十二頭の小笠原氏が、古館を修築して本拠とし、この地方一円を支配、玉米殿とよばれたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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