コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

米津政武 よねきつ まさたけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

米津政武 よねきつ-まさたけ

1638-1708 江戸時代前期の大名。
寛永15年生まれ。米津田盛(たもり)の長男。貞享(じょうきょう)元年家督をつぎ1万2000石を領した。のち領地替えとなり武蔵(むさし)久喜(くき)(埼玉県)に居所をさだめ,久喜藩主米津家初代となる。4年寺社奉行となるが,翌年勤務不良で免職。宝永5年6月26日死去。71歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典内の米津政武の言及

【米津氏】より

…近世大名。三河国の出身。1666年(寛文6)までは5000石知行の旗本。田盛(たもり)は大坂定番任命を機に,1万5000石に加増され大名となる。その子政武のとき3000石を分知,陣屋を武州久喜に置く。99年(元禄12)分知により1万1000石。1798年(寛政10)羽州長瀞へ移封。さらに明治に至り,上総大網,常陸竜崎へ移された。当主は従五位下出羽守,伊勢守などに叙任。政武が寺社奉行となったほか,大坂定番就任者を出す。…

※「米津政武」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

米津政武の関連キーワード米津政矩米津政容大名

今日のキーワード

桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す

《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android