米野木村(読み)こめのきむら

日本歴史地名大系 「米野木村」の解説

米野木村
こめのきむら

[現在地名]日進町米野木

米之木とも書く。北から西へかけて藤島ふじしま村、北・東・南の三方を標高八〇ないし一五〇メートル前後の丘陵に囲まれ、その間を西流するこめ(天白川の上流)沿いに開けた農村で、集落は村内を東西に走りみね峠を越えて三河に向かう伊那街道を挟んで分布している。寛文一一年(一六七一)の家数五六、人数六一七(寛文覚書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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