日進町(読み)につしんちよう

日本歴史地名大系 「日進町」の解説

日進町
につしんちよう

面積:三四・九六平方キロ

郡の中央部を占め、北は長久手(ながくて)町、西は名古屋市名東(めいとう)区および天白(てんぱく)区、南は東郷(とうごう)町、東は豊田市および西加茂郡三好(みよし)町に隣接する。標高一〇〇メートル内外の丘陵が続き、その間を天白川の上流が東西に流れ、愛知用水が南北に通じ、池沼も多いが、町の東南、東郷町との境にある愛知池は愛知用水の調整用に作られたもので、県下屈指の大池である。天白川はときどき氾濫し、とくに元禄二年(一六八九)の洪水は流域諸村に大きな被害を与えた。中央部の丘陵には古窯跡が広く分布している。

中世以降は尾張藩領時代および明治―大正年代(一八六八―一九二六)を通じ純農村として現代に至ったが、戦後は住宅や学校などの適地として最も早く開発が進み、昭和五五年(一九八〇)の人口は四万一千二四、昭和三〇年当時の約四倍に達する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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