粟田口山荘跡(読み)あわたぐちさんそうあと

日本歴史地名大系 「粟田口山荘跡」の解説

粟田口山荘跡
あわたぐちさんそうあと

[現在地名]東山区粟田口付近

花山院太政大臣と号した藤原忠雅(建久四年没)の営んだ山荘。粟田口第、粟田口亭、花山院亭(かざんいんてい)とも記される。跡地は確定しがたい。「山城名跡巡行志」に「山荘同村(粟田口)ノ在東北、其旧地今曰二条殿ト」とある。

「山槐記」仁平二年(一一五二)三月二〇日条に「今夜、督殿(忠雅)、令移徙粟田口亭給」とみえる。その後、子孫の兼雅・定雅らが相承、ときに院の御幸もあり、「百錬抄」康元元年(一二五六)八月二七日条に「上皇(後嵯峨院)御幸花山院前右大臣(定雅)山庄粟田口第」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む