粟野秀用(読み)あわの ひでもち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「粟野秀用」の解説

粟野秀用 あわの-ひでもち

?-1595 織豊時代の武将。
はじめ伊達政宗の家臣。罪により処刑されると知り,のがれて豊臣秀吉につかえる。秀吉の四国攻めにしたがい,伊予(いよ)(愛媛県)柾木(まさき)城主となる。のち豊臣秀次(ひでつぐ)につかえ,秀吉による秀次の高野山への追放に連座し,文禄(ぶんろく)4年7月15日京都で自刃(じじん)。通称は藤八郎,のち喜右衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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