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精神保健 せいしんほけん

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

精神保健
せいしんほけん

これまで「精神衛生」といわれてきたものはメンタル・ハイジーンMental Hygieneで、精神障害の発生に関する疫学と予防、治療やリハビリテーションに関する学問と実践活動であった。これに対して「精神保健」はメンタル・ヘルスMental Healthで、人々の精神的健康を対象とする学問と実践活動を意味する。つまり、精神的健康の保持・増進を図るほか精神健康障害の予防と健康回復、精神障害の治療およびリハビリテーションを目的とするものである。したがって、精神保健を精神障害の医療やリハビリテーションに限定して用いるのは正しくない。このように、精神的な健やかさを対象とする精神保健は、人々の健康にかかわるあらゆる学問分野が総合される必要がある。医学や心理学、社会学や社会福祉学の学問的背景をもち、社会の価値観や個人の倫理観、あるいは生きがいにかかわる問題をも含むほか、政策的な意味をもつものである。このため、1995年(平成7)には、それまでの精神保健法精神保健及び精神障害者福祉に関する法律精神保健福祉法)と改め、政策的には精神障害者のリハビリテーションをよりいっそう推進するところとなった。[野村瞭・吉川武彦]

世界の精神保健の歴史

18世紀未から19世紀初頭にかけてのヨーロッパでは、現代精神病治療法の確立者の一人とされるフランスの精神病医ピネルP.Pinelが現れ、それまで囚人同様であった精神障害者を鎖から解放した。1908年には、ビアーズC.Beersは、3年間に4回の入院を繰り返したが、その経験から精神衛生運動を始め、アメリカのコネティカット州に精神衛生連盟をつくり、さらにこれがアメリカ全土に広がり、1930年には、第1回国際精神衛生会議が開かれるところまできた。第二次世界大戦後に本格的に活動を開始した世界保健機関(WHO)は、健康には「肉体的健康」「精神的健康」「社会的健康」があり、それぞれの側面に関して健康の保持・増進と健康障害の予防や治療に努める公衆衛生のあり方を示唆した。このことがきっかけとなって、精神健康が疾患としての精神障害とは別に論じられるようになった。1978年にWHOはカザフスタンのアルマ・アタ(アルマトイ)で会議を開き、疾患に陥らぬためのプライマリ・ヘルス・ケアPrimary Health Care(PHC)を強調したが、1986年のオタワ会議では、疾病や障害をもちながらもいきいきと生きることを支える公衆衛生のあり方を模索し、肉体的健康ばかりでなく、精神的健康や社会的健康に視点をおいた健康の保持・増進を目ざすヘルス・プロモーションHealth Promotion(HP)を公衆衛生の目標として主張した。[野村瞭・吉川武彦]

明治と大正における日本の精神保健の歴史

明治初期における日本の精神保健は、まだ人々の精神健康に目が及んでいない。また、精神障害の医療やリハビリテーションにも十分な発達はみられないので、もっぱら患者を滝に打たせる水治療法や加持祈祷(かじきとう)によって行われていたほか、今日的にいうボランティアによって精神障害者の地域ケアが行われていた(京都府岩倉村)。しかし、衛生行政の体制が整うにしたがって精神科病院の前身にあたる癲狂(てんきょう)院が設立されるようになったが(1875年に京都癲狂院、1877年に東京府仮癲狂院の設立)、大多数の精神障害者は私宅に監置されたままであった。このように人権的配慮がないままに放置されていた精神障害者の人権擁護のため、1900年(明治33)に「精神病者監護法」が制定された。この法では、精神障害者は監置の対象となるが、公的機関がつねにその実態の把握に努めるということになっている。患者の医療保護の面では、精神科医療技術が未発達であったことによって、十分には講じられてはいない。明治末期になり諸外国から導入した精神科医療技術を駆使するところとなり、1919年(大正8)には公立精神科病院の設置を促進する目的で「精神病院法」が制定された。しかし、これによってもなお精神科病院の整備は進まず、医療の枠外に置かれる精神障害者がほとんどという状況が続いた。1938年(昭和13)になると厚生省が設置され、精神衛生対策が進められたが、これも効果をあげるには至らなかった。[野村瞭・吉川武彦]

現在の日本の精神保健

日本において今日のような精神保健の概念が生まれたのは第二次世界大戦後である。戦後の新憲法のもとに精神障害者の人権が見直されるとともに欧米の新しい精神保健思想が持ち込まれることとなり、1950年(昭和25)に「精神衛生法」が新たに制定された。この法律は、精神障害の発生の予防と医療を行うほか精神障害者の保護を行うとしたもので、精神障害の治療はもとより、その発生予防によって広く国民の精神的健康の保持向上を目的としたものであった。これにより精神科病院における精神障害者の医療保護は充実し、1965年の法改正で外来医療費公費負担制度が開始され、各都道府県に精神衛生センター(現精神保健福祉センター)が設置された。さらに保健所における精神保健活動が積極的に行われるようになり、精神障害者の地域ケアが進むことになった。1965年改正以後にも精神保健事情は大きく変化してきたが、1987年に精神衛生法はふたたび大改正され、「精神保健法」になった。この法によって、はじめて国民の精神健康の保持・増進が精神保健の重要なテーマとして取り上げられるところとなった。一方、1993年(平成5)12月に心身障害者対策基本法が障害者基本法に改められ、1995年には、医療と保護およびリハビリテーションを充実し、障害者基本法がいう、障害者の社会参加と自立を促進する目的で精神保健法が改正され、「精神保健福祉法」となった。さらに、1999年の同法改正で精神障害者の移送制度が法定化され、医療アクセスが容易になったほか、家族などに課していた精神障害者の保護義務をはずした。2006年には障害者自立支援法の制定によって、精神障害者の保健・医療・福祉が一層進展するところとなった。このように、精神障害者の医療的・福祉的・人権的処遇の変遷が、わが国の精神保健の歴史といってもいい。ただ、これからの精神保健は人々のものでなければならないし、精神障害者を包含する国民の精神保健でなければならない。このことは、WHOがいうヘルスプロモーションの考えに照らしても明らかである。[野村瞭・吉川武彦]
対象領域
精神保健の対象領域は、大別すると、人間の発達段階に応じて分類される領域と、生活環境に応じて分類される領域に分けられるほか、精神健康の状態によって分類される領域がある。発達段階からは(1)胎生期、(2)乳幼児期、(3)学童期、(4)思春期、(5)壮年期、(6)老年期に分けることができ、生活環境からは(1)家庭、(2)学校、(3)職場、(4)地域とに分けられる。また、精神健康の状態から(1)精神健康の保持・増進、(2)精神健康障害の発生予防、(3)精神障害の治療とリハビリテーションであり、3次元で構成されているところに精神保健の特徴がある。なお、精神保健は、その意味でも、学問であるとともに実践活動でもあることを認識する必要がある。[野村瞭・吉川武彦]
実践活動
かつて精神衛生といわれたころにも精神病者慈善求治会があるなど、日本の精神保健福祉活動はきわめて実践的に行われてきた。そのほとんどのものは民間団体による活動であったが、精神保健福祉行政は、「精神衛生法」によっていたときも「精神保健法」になってからも、また、「精神保健福祉法」になってからも、精神障害者の医療と保護を行い、精神障害者のリハビリテーションを進め、社会参加と自立を目ざしている。
 精神障害者の医療と保護を行うとしたことに関しては、精神障害者のうち、自身を傷つけ他人に害を及ぼすおそれのある者は、行政権限により鑑定を行い強制収容させることができる措置入院、患者の保護者の同意により入院させる医療保護入院(旧・同意入院)があるほか、精神障害者自身の希望により入院をする任意入院がある。また、人権の視点からインフォームド・コンセントが重視されるところとなり、行動制限などを加えるときには、口頭または文書によってその旨を精神障害者に伝える義務を医師に科している。
 医療費の公費負担(原則として措置入院は全額、通院は他法優先だがその残りの半額)、精神科病院の整備等の措置をさらに講じることとなり、さらに再発防止やリハビリテーション施策を充実することを図ってきた。精神保健福祉センターや保健所において精神障害者の相談指導や訪問指導が行われている。精神障害者の社会復帰のためのリハビリテーション活動も行われているほか、社会参加や自立に向けて指導、訓練を行う施設の整備・運営が公的にも行われている。
 精神保健は、これら精神障害者にかかる活動をも含むが、さらに一般国民の精神健康の保持・増進にかかるものであり、その活動は、いまなお、厚生行政では明確には位置づけられていない。精神保健福祉センターや保健所が行う、こころの健康づくり施策は、1985年(昭和60)から始められたが、この考えに沿って1987年に精神衛生法が改正され精神保健法になり、この法の目的は、国民の精神健康の保持・増進にあることが明記されたのである。
 精神保健研究を公的に行ってきたのは、国立精神衛生研究所(現国立精神・神経センター精神保健研究所)である。1950年に精神衛生法が成立したときに付帯決議がつけられ、1952年に精神保健研究所が設立された。精神障害者についてはリハビリテーション研究の重要性が増すことが予想されたので、リハビリテーション研究の一環として研究所ではデイ・ケア研究を進めてきた。民間団体による精神保健の実践活動としては「日本精神衛生会」や「精神衛生普及会」などのほか「日本精神衛生学会」があり、精神保健思想の普及活動や精神衛生相談、精神保健に関する研究を行っている。
 患者(家族)団体には「全国精神障害者家族会連合会」「全日本断酒連盟」「日本てんかん協会」などがある。きわめて残念なことに、全日本精神障害者家族会連合会は不祥事が重なり解散したが、その後再建が図られている。そのほか、今日では当事者団体も数多くでき、精神保健福祉活動をすすめる関係団体はかなりの数に上る。関係団体は、それぞれの立場から啓発(けいはつ)活動や普及活動、精神障害にかかる相談・指導を行ってきた。
 工業化が進むにつれて、日本にはストレス関連疾患が増え、抑うつ状態をきたしやすい人や自閉的な状態に陥る人も増えている。さらに、子供たちの間に広がるいじめや自殺、あるいは思いがけない反社会的行動などがみられるようになり、精神保健は、こころの健康づくりとして見直されるところとなった。なかでも自殺防止に関する動きは急ピッチで、2006年には自殺防止基本法が制定され、国立精神・神経センター精神保健研究所に自殺予防総合研究センターが設置されるところとなった。また、内閣府は2007年に「自殺防止大綱」を示し、全国の都道府県に自殺防止に関する施策の充実を求めた。[野村瞭・吉川武彦]

今後の精神保健

従来の精神保健は、実践面でみると、精神障害の予防、治療という精神衛生の部分に偏って行われてきたが、これからの精神保健は、精神保健本来の目的である人々の精神健康の保持・増進、精神健康障害の予防や相談活動の充実、さらに精神障害者の医療とリハビリテーションを発展させるために、いっそうの期待を担うことになろう。このようにして、幅広く国民を対象とした精神健康の保持・増進を図ることを、研究的にも行政的にも、さらに実践的にも取り組んで行くことが求められている。
 社会環境の変化に伴って、個人に対してもさまざまな形でストレスが加わるいま、人々が感じるストレスは高まっている。そのような状況にある人々のストレス解消は、ストレス耐性を個人が高めるだけでは進まない。そこに集団としての精神保健の考え方も必要になるし、さらにはこれらを行政的に処理する方策も検討しなければならない。こころの健康づくりは、その意味でも重要な施策であった。精神保健のこうした側面を「積極的精神保健」というが、精神障害者や登校拒否・不登校の子供たちを支える「支持的精神保健」とは異なった意味で、具体的な方法論をも含めた体系化を図らなければならない。さらに、21世紀を迎えて、住みやすい地域づくりを目ざす「総合的精神保健」の発展を期待したいものである。これらを考慮して、国立精神・神経センター精神保健研究所が準備を進めている。[野村瞭・吉川武彦]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の精神保健の言及

【精神衛生】より

…精神衛生mental hygieneとは,広義には精神的健康mental healthを保ち増進すること,すなわち精神保健であるが,狭義には精神障害にならないように予防すること(第1次予防,発生予防),なった場合も早期発見,早期治療,再発予防をすること(第2次予防,有病率低下),そしてリハビリテーションを促進して精神的健康を回復すること(第3次予防,社会復帰)を指す。精神的健康とは精神障害がなく,個人が社会の中で良好な適応状態にあることだが,社会文化的価値基準や個人的事情の違いにより相対的な面がある。…

※「精神保健」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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