改訂新版 世界大百科事典 「生きがい」の意味・わかりやすい解説
生きがい (いきがい)
人生の意味や価値など,人の生を鼓舞し,その人の生を根拠づけるものを広く指す。〈生きていく上でのはりあい〉といった消極的な生きがいから,〈人生いかに生くべきか〉といった根源的な問いへの〈解〉としてのより積極的な生きがいに至るまで,広がりがある。生きがいは,漠然とした生の実感としてほとんど当人に無意識に生きられていく場合と,自覚的に人生の営みに取り込まれる場合とがある。また一方では,自由や平等といった社会原理,愛や正義といった宗教的格率のように,より普遍的なものに結晶化し,他方では,諸個人の日常生活に具体化されてより個別的な姿をとる。しかし,文化に深く根ざしているから,たとえば〈仕事〉や〈進歩・向上〉は,特定の文化においてのみ生きがいでありうる。生きがいは,歴史と社会に規定されている。伝統社会では,共同体や郷党や家への忠誠と深いかかわりがあった。近代社会では,個人の自立や進歩,自己実現や〈仕事の成就〉と結びつくようになる。現代社会では,組織的なものと個人的なもの,同調的なものと対抗的なものに引きさかれ,多元化と統合化・画一化との間に複雑な形をとる傾向がある。第2次大戦前の日本人の生きがいは,〈国のためにつくす〉〈社会正義の実現〉といった滅私奉公型であったのに対して,戦後は〈幸福な家庭〉〈健康〉〈趣味に合った暮し〉をあげる滅公奉私型に変わったことが知られている。近代の産業社会は,大衆の生きがいを産業化と消費化に資する方向に制度化してきた。だが,制度化された生きがいが惰性化して,もはや人々の生を鼓舞しなくなるとき,対抗的な,非制度的な,創建的な生きがいが新たな価値観をはぐくんで,社会変動を導くことがある。
執筆者:栗原 彬
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報