〈精神保健及び精神障害者福祉に関する法律〉(1995年法律第94号)の略称。精神障害者等の医療および保護を行い,その社会復帰の促進およびその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助を行い,並びにその発生の予防その他国民の精神的健康の保持および増進に努めることによって,精神障害者等の福祉の増進および国民の精神保健の向上を図ることを目的とする(1条)。
従来,精神障害者の医療と保護に関しては,1900年の精神病者監護法および19年の精神病院法が存在したが,前者は障害者の治療保護に関する規定をほとんど含まず,いわゆる座敷牢制度を一定の要件の下に合法化するもので,後者も精神病院を治療の場というより保安施設としてとらえるものであった。そこで公衆衛生の向上増進を国の責務とする日本国憲法(25条2項)の制定を契機とし,戦後における欧米の最新の精神衛生に関する知識の導入,およびそれに伴う精神衛生行政の理念の転換をふまえ,1950年に上記2法を廃止し精神衛生法が制定され,入院中心の精神科医療体制が確立した。その後,施設内医療から社会復帰を中心とした地域医療への転換,さらに精神障害者の人権と福祉の観点からの法改正が主張され,88年から精神衛生法に代わり精神保健法が施行された。同法は,地域中心の医療保護体制への転換,患者の人権保護の強化を図るため,(1)任意入院の原則や,不当入院を排除するための精神保健指定医制度の導入,(2)入院患者の人権救済制度として第三者機関である精神医療審査会の設置,(3)社会復帰促進のための精神障害者生活訓練施設,精神障害者授産施設の設置を定めた。
その後,1991年に国連総会での〈精神病者の保護及び精神保健ケア改善のための原則〉の採択等を契機とし,1993年に精神保健法一部改正がなされ,(1)精神障害者の社会復帰促進のための地域住民等の理解と協力(旧2条の3),(2)地域生活援助事業の国,地方公共団体による補助,(3)厚生大臣の指定法人としての精神障害者社会復帰促進センターの創設(51条の2),(4)精神疾患を包括的に捉えた精神障害者の定義(3条),(5)保護義務者の義務緩和としての〈保護者〉規定,(6)仮入院制度の3週間から1週間への短縮,などの規定が設けられた。さらに1995年の精神保健法の再改正で,名称も〈精神保健及び精神障害者福祉に関する法律〉と改められた。
本法は1条に示されるように,精神障害者等の医療・保護と,福祉の増進(社会復帰の促進,自立と社会参加)を目的とする。医療保護に関しては,(1)入院中心の治療の弊害を避けるため,通院医療の費用の100分の95を公費負担する制度を設け(32条1項),(2)入院制度では本人の意思による任意入院(22条の3)を原則とし,(3)精神病院の設置を都道府県に義務づけ(19条の7),その設置および運用経費の一部を補助し(19条の10),(4)公権力に基づく強制入院を認めつつ,その際の人権保護のため,都道府県に精神医療審査会を設け,強制入院の適正化を図っている。福祉の領域では,(5)都道府県,市町村に社会福祉施設の設置を求め(9条),国は設置運営費用についての補助ができる(51条,52条)。特に95年改正では地域内の医療保護・福祉の充実を図るため,都道府県等は精神保健福祉センターおよび保健所に,精神保健福祉相談員を置き,相談および個別指導を行うことができる(48条)とし,また,精神障害者福祉手帳制度を創設し,社会復帰,社会参加の促進を図っている(45条,45条の2)。
本法が対象とする精神障害者とは,〈精神分裂病,中毒性精神病,精神薄弱,精神病質その他の精神疾患を有する者〉(5条)である。これらは医療保護を要する者をなるべく広く含みうることを前提とするが,本人の意思に反した強制措置が採られる可能性をも考慮し,その範囲の過度の拡大を防ぐため,医学的知見を基礎とした範囲決定が要請される。
精神保健福祉法は,患者の意思に基づく任意入院を原則とするものの(22条の3),非任意入院として,(1)自傷・他害のおそれを要件として都道府県知事が行う措置入院,(2)医療保護を目的として保護者(20条)の同意に基づく医療保護入院,(3)急速を要するために保護者の同意を得ずに入院させる応急入院がある。非任意入院は,社会の安全の観点から正当化されるものではなく,精神障害者の医療保護により必要である場合に限り許容されよう。この点,患者の人権の観点から最も慎重な取扱いを要するのが措置入院で,一般人の診察・保護の申請(23条),警察官による通報(24条),検察官による通報(25条)等に基づき,精神障害者ないしその疑いのある者につき,2名以上の精神保健指定医(18条)が一致して,医療および保護のために入院させなければ精神障害のために自身を傷つけ,または他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときに,都道府県知事による強制的な入院措置ができると定められている(29条)。強制入院の可否については複数の精神保健指定医のチェックがあり,人権侵害のおそれは少ないとされているが,自傷他害のおそれの有無の判定は専門医にとっても困難であるとされ,実質的措置要件にあいまいな部分があることに注意を要する。また,医療保護入院は,医療および保護のため入院の必要があると認められた場合に,後見人,配偶者,親権者,その他扶養義務者等の保護者(20条)の同意を得て入院させることをいう(33条)。この場合も,指定医が対象者を診察し,入院の必要のある精神障害者であると認めることが必要である(33条1項)。
また,人権保護の観点から,行政上の救済制度として,厚生大臣・都道府県知事が,精神病院管理者・保護者に対し,病状等の報告を強制的に求めることや,調査・立入調査が可能とされている(38条の6)。さらに,入院中の者や保護者は,都道府県知事に対し,退院等の請求による不服申立てが可能である(38条の4)。
執筆者:前田 雅英
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
精神障害者の医療・保護、社会復帰促進、自立の促進などに関する法律。正式名称は「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」。昭和25年法律第123号。1950年(昭和25)に制定された精神衛生法を1987年に大改正、1988年に施行したものが精神保健法である。この精神保健法は1993年(平成5)の一部改正を経て、1995年に精神保健福祉法となった。
[吉川武彦]
精神衛生法から精神保健法となった1987年(昭和62)改正の特徴は、
(1)精神障害者の処遇に「社会復帰」が加えられたこと、
(2)精神障害者の人権擁護がインフォームド・コンセント(医師の十分な説明と患者の同意)の考えにしたがって強く打ち出されたこと、
(3)国民の精神的健康の保持・増進が大きくうたわれたこと、
の3点にある。なかでも人権擁護に関しては、精神障害者処遇の適否等を審査するため都道府県に精神医療審査会を設置したことや、入院中の患者の行動制限には厳格な条件がつけられたほか通信・面会の自由が保障され、これらの人権規定に違反した医師には罰則が科されることになった。1993年(平成5)の改正点は、大都市特例の導入、精神障害(者)の定義の明確化、「保護義務者」の「保護者」への名称変更、地域生活援助事業(グループホーム)の法定化、社会復帰促進センターの設置、欠格条項の見直しなどである。1995年改正によって精神保健福祉法となったが、この改正では、障害者基本法(1970年の心身障害者対策基本法が1993年12月に改正されたもの)が精神障害者を障害者と明確に定めたのを受け、この法の第1条に精神障害者の社会参加と自立を促進することがうたわれ、精神障害者のリハビリテーションに関する条項が整理された。社会復帰施設として生活訓練施設、授産施設、福祉ホーム、福祉工場が法定施設として列挙されたほか精神障害者保健福祉手帳(障害者手帳)が制度化された。また、通院患者リハビリテーション事業は社会適応訓練事業として法定化した。なお、法定事項ではないが、精神障害者の地域生活支援事業が行われることになり支援センターの設置が進められることとなった。
1999年の改正では、精神障害者の人権に配慮した医療の確保のため、医療保護入院を限定的なものとした点や、仮入院制度を廃止した点がおもな改正事項である。また、精神科救急医療の制度基盤として、保護者の同意があれば精神障害者の病院への移送ができるようにしたほか、保護者の義務を軽くした。さらに、精神障害者の社会復帰施設として、地域生活支援センターを法制化し、ホームヘルプ・サービスやショートステイなどの事業を民間でも行えるようにした。また、2006年(平成18)の障害者自立支援法施行に伴い、本法に定められていた通院医療費公費負担制度(32条)が削除され、障害者自立支援法に移行されるなどの一部改正が行われたほか、精神障害者の定義(5条)のなかで用いられてきた精神分裂病の呼称を統合失調症に変更した。
2013年4月の改正は、参議院先議で改正が図られ、同年6月には衆議院で可決成立、2014年4月(一部を除く)から施行された。おもな改正点は、(1)保護者制度の廃止、(2)医療保護制度の見直し、(3)精神医療審査会に関する見直しである。
[吉川武彦]
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