紀定丸(読み)きの さだまる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「紀定丸」の解説

紀定丸 きの-さだまる

1760-1841 江戸時代後期の狂歌師
宝暦10年生まれ。幕臣大田南畝(なんぽ)(四方赤良(よもの-あから))の甥。四方側に属して天明狂歌壇で活躍し,赤良の狂詩集「通詩選」を校訂黄表紙「新田通戦記」などもある。文化2年支配勘定,のち勘定組頭になった。天保(てんぽう)12年6月25日死去。82歳。姓は吉見。名は義方通称は儀助。別号に野原雲輔,本田原勝栗など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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