コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

紀飯麻呂 きの いいまろ

2件 の用語解説(紀飯麻呂の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

紀飯麻呂 きの-いいまろ

?-762 奈良時代の公卿(くぎょう)。
紀古麻呂(こまろ)の子。天平(てんぴょう)12年藤原広嗣(ひろつぐ)の乱で征討副将軍をつとめる。右大弁,大蔵卿などをへて,天平宝字元年参議となる。紫微(しび)中台の次官もかね,長官の藤原仲麻呂を補佐。ついで義部(刑部(ぎょうぶ))卿,美作守(みまさかのかみ)をつとめ,従三位にのぼった。天平宝字6年7月19日死去。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

紀飯麻呂

没年:天平宝字6.7.19(762.8.13)
生年:生年不詳
奈良時代の公卿。紀大人の孫で古麻呂の子。神亀6(729)年3月外従五位下。天平12(740)年9月藤原広嗣の乱が九州で起こると,持節大将軍大野東人の下で征討副将軍を務めて活躍し,勲2等を授けられた。のち大蔵卿,右京大夫などを歴任し,天平宝字1(757)年8月には参議となった。令外官紫微中台の次官を兼ね,勢力を振るう長官の藤原仲麻呂を補佐。仲麻呂政権下では,河内守を兼ねて義(刑)部卿を務め,美作守を経て,6年1月に従三位に昇った。病気のため辞官を請うていたところ死去した。仲麻呂の有力な側近であったとみられている。

(寺崎保広)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

紀飯麻呂の関連キーワード阿倍嶋麻呂石上家成上古麻呂吉田古麻呂紀古麻呂巨勢古麻呂塩屋古麻呂多治比鷹主藤原小湯麻呂藤原巨勢麻呂

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone