夫婦は長期にわたり物心ともに緊密な協力関係を継続するので,夫婦間の経済的関係は他人間の協力の場合とは異なる法規制を必要とする。これが夫婦財産制である。
日本には,この意味の夫婦財産制の思想はなかったといってよいが,欧米諸国は古くから夫婦財産制に関する多様な伝統を伝えており,その法制を受け継いだ国が多い。一般に,当事者は婚姻締結時(もしくは婚姻中)にみずから夫婦財産契約を取り結ぶことができるが,そうでない限りは法の定める財産制(法定財産制)に従う。夫婦財産制の典型的なタイプは以下のとおりである。
(1)管理共通(同)制 改正前の日本やドイツの民法が法定財産制として採用していたもので,妻は特有財産を所有できるが,婚姻締結とともに無能力者とされ,自己の財産の管理・収益権は夫にゆだねられる。これは財産を家長に集中して家父長制を強化する機能をもった。
(2)別産制 夫婦の財産関係につき特別の法規制を加えず他人間の場合と同様に扱い,財産法の支配下におくやり方で,夫婦同権原則に基づき,妻に対しても夫に対すると同様,財産権上の完全な自由独立を認める趣旨である(したがって債務も当然各自負担となる)。夫婦別産制は歴史的には比較的新しい。イギリスはコモン・ロー上,夫と妻は完全な人格上の一体をなすがゆえに妻の特有財産はすべて夫に帰属するという,財産吸収帰一制をとっていたが,1882年既婚婦人財産法により廃止して別産制とした。また日本は,民法旧規定で管理共通制をとっていたが,戦後新憲法の男女同権原則に基づきこれを廃止して,別産制を採用した。
(3)共同制(共有制,共通制) フランスの共同制は中世以来の慣習に由来し,動産・所得共同制と呼ばれる。婚姻締結時に有した動産,婚姻中有償取得した動産・不動産,婚姻中に夫婦の特有財産から生じた収益,夫婦の労働収入は夫婦の共同財産とされ,その余りが特有財産となる。共同財産は夫が管理し,夫の契約によって生じた債務の引当てとなる。離婚や一方の死亡により財産制が終了すると,共同財産は原則として2分の1の割合で分割される(そして死亡配偶者の分については相続が開始する)。婚姻中,夫が債務を負担したり,共同財産を恣意的に処分したりすることによって,妻のこの期待権が空洞化するのを防止するため,妻は夫の特有財産に対して法定抵当権を有するとされる。20世紀に入り妻の無能力制度が廃止され,妻の労働収入は留保財産として,共同財産の一部とはなるが妻が自由に管理,収益できることとなった。社会主義国では共同制をとる国が多いが,その場合共同財産を構成するものは婚姻中取得した財産である。
既述の典型的な夫婦財産制の分布は,第2次大戦後一変した。財産・収入に対する夫婦各自の自主的管理処分権を尊重するとともに,婚姻中,夫婦の協力により取得した財産の分割に妻が公平に参与できるようにするための法改正があいつぎ,純粋別産制でも古典的共同制でもない,いわば複合的な制度が多くなった。例えば旧西ドイツは1957年剰余共同制を採用し,婚姻中は別産制だが重要な財産の処分については他方配偶者の同意を必要とし,離婚の際には婚姻解消時の財産額から婚姻締結時の財産額を差し引いた差額(剰余)を各自計算し,少ないほうから多いほうに対しその2分の1の債権的請求権を認めた。死亡による解消の場合は法定相続分に遺産の4分の1を添加する。
イギリスでは1964年既婚婦人財産法により,家計費の節約によって得た金銭またはこれによって取得した財産は平等の割合で夫婦の共有に属するとし,67年婚姻住居法は,夫婦の一方は他方所有の婚姻住居(家具を含む)につき居住権を有し,登記により銀行その他の第三者に対抗できるものとした。その後さらに一歩を進めて,婚姻住居に限り法定共有を認める法案が準備されている。
北欧諸国は,かつて一般的共同制をとっていたが,20世紀に入り独特な法制を採用した。婚姻中は別産制であるが,死亡,離婚,別居により夫婦財産制が解消するときは,一部の特有財産を除く持分財産につき原則として2分の1の分割請求ができ,また婚姻中夫婦が使用する不動産等の処分には他方の同意を要するとされる。
日本民法も契約財産制を認めるが,その実例は無視しうる程度に少ない。これは夫婦財産契約の伝統が皆無であり,しかも婚姻の届出までに登記しなければならない(民法756条)ためである。そこで,以下法定夫婦財産制に限って説明する。
(1)婚姻費用の分担 夫婦はその資産,収入その他いっさいの事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する(760条)。婚姻費用とは,夫婦と未成熟子を中心とする家族が,その財産,収入,社会的地位等に応じて共同生活を営むのに要する費用である。妻が家事育児に専従して収入がないときは,夫が費用全部を負担する。実務は別居後離婚までは婚姻費用分担請求を認める。〈過去の扶養料は請求できない〉という立場から,分担義務が協議,調停あるいは審判により確定するまでの費用は請求できないとする説もあるが,最高裁判所は過去にさかのぼって分担を認めている。もっとも,どの時点までさかのぼるかは明らかでなく,下級審判例は分かれている。分担額の算定については,最近の実務はいわゆる労研(労働科学研究所)方式により,夫婦の収入合計を最低生活費消費単位によって按分する方法を採用している。
(2)日常家事債務の連帯責任 民法は個人本位の立場を貫いているが,実際には夫婦の一方が家族の共同生活のために物資・サービスの買入れや金銭の借入れ,財産の処分等の法律行為を行う。そこで夫婦の一方と取引した第三者を保護するため,日常の家事に関する法律行為に限り,他方も連帯責任を負う(761条)。日常家事の範囲は,ほぼ通常の家計費項目をカバーすると見てよいが,生活費調達のための借金や特有財産の処分も含まれる。多数の学説・判例は夫婦の経済的独立を尊重する趣旨で狭く解釈し,その範囲外の行為は表見代理(110条)として処理しようとする。
(3)別産制 夫婦の一方が婚姻前から有する財産および婚姻中自己の名で得た財産はその者の特有財産であり,夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は共有に属するものと推定される(762条)。この規定は完全な別産制を採用したものと解されており,最高裁判所は,夫婦間の協力寄与に対しては財産分与請求権,相続権,扶養請求権等を行使でき,結局において夫婦間に実質上不平等は生じないと判示した(1961)。妻の労働のうち,家業への協力は経済的価値を生むから,これを組合的共同事業と見て報いることも場合により可能だが,家事育児など資本制社会において無償とされる労働は,夫婦間の平等の見地から評価するほかはない。現行制度の不合理は離婚の際の財産分与が離婚給付としては,あまりに貧弱なことに端的に示される。学説や判例には共有権推定を広く認め,あるいは婚姻中夫婦の協力によって取得した一方名義の財産について,対外的には取引安全の見地から名義人の所有と認めざるをえないが,夫婦間では,その対価全額を拠出した証明がない限り夫婦の実質的共有財産と認めるものがある。法制審議会民法部会身分法小委員会は1975年に中間報告を発表し,共有制を採用すべきか,別産制を改正のうえ維持すべきかを問うが,この問題は現在,留保の状態にある。最近の意識調査では,60歳以上の無職の妻のうち7割以上が,夫の収入で買った不動産は夫婦の共有と思うとの結果が出ている(1980年総理府調査)。この共有意識を法技術的意味での共有制と同視するのは早計であるが,現行法と民衆の法意識との間にずれがあることは否めない。例えば離婚の際には協力取得財産につき原則として2分の1の割合で分割請求権を認めるとか,ドイツのような居住用不動産処分の配偶者同意権制度を採用するとかの法改正を要するといえよう。
執筆者:伊東 すみ子
国際的な結婚(渉外婚姻)をした夫婦については,夫婦財産制をどの国の法律によって規律すべきかという国際私法上の問題が発生する。夫婦財産制についての諸国の法制は同一ではないからである。そして夫婦財産制の準拠法を決定する諸国の国際私法も,現在のところ,世界的に統一されてはいない。諸国のこの問題に関する国際私法は,夫婦の財産を動産と不動産に分けて,動産については夫婦の住所地法を,不動産については不動産所在地法をそれぞれ適用するもの(イギリス,アメリカなど),準拠法の決定を当事者の選択に委ね,当事者が指定した法を適用する意思主義を採るもの(フランス,ベルギーなど),あるいは,いわゆる段階的連結により準拠法を決定するものなどに分かれている。最後の,段階的連結による方法は,両性平等の立場から,夫婦に共通の国籍,それがないときには,共通の常居所(住所),密接関連地などを順次段階的に連結点として準拠法を決定するものであって,最近,多くの国で採用されている。また,意思主義は,1978年の夫婦財産制の準拠法に関するハーグ条約に採用されて以来,選択の範囲につき違いはあるが,近時,日本を含む多くの国(オーストリア,トルコ,ドイツ,スイス,イタリアなど)で段階的連結とともに取り入れられている。
1989年の改正前の法例15条は,夫婦財産制の準拠法を婚姻当時の夫の本国法としていた。しかし改正後の同条は,夫婦財産制に,婚姻の身分的効力の準拠法を定める法例14条が準用されることと,一定の範囲内で当事者が準拠法を選択することができることを定めている。
法例14条は,両性平等の立場から,改正前の夫の本国法主義を改め,段階的連結による準拠法の決定方法を採用しているので,夫婦財産制の準拠法も,次に述べる当事者による準拠法の選択がない場合は,段階的連結により決定される。つまり,夫婦に同一の本国法があれば,その法律により,それがないときは,夫婦の同一の常居所地法により,それもないときは,夫婦に最も密接な関係のある地の法律(密接関連法)によることになる。法例15条が同14条をそのまま適用するのではなく,準用としたのは,最も密接な関係のある地の決定にあたって,財産的効力の場合と身分的効力の場合とでは異なった考慮が必要とされるからである。
当事者による準拠法の選択の制度は,1989年の改正により導入されたものである。ただし,準拠法の選択は,(1)夫婦の一方が国籍をもつ国の法律,(2)夫婦の一方の常居所地法,(3)不動産に関する夫婦財産制についてはその不動産が所在地の中からのみ可能であり,日付と夫婦の署名のある書面によってしなくてはならない(法例15条1項但書)。
夫婦財産制の準拠法が外国法である場合,夫婦と取引をする相手方がその外国法の内容を知らないときには,相手方は,予想しない不利益をこうむることがある。そこで,法例15条は,外国法に従って締結された夫婦財産契約も外国の法定財産制も,日本でなされた法律行為や日本にある財産については,善意の第三者に対抗できず,その場合には,その第三者との間の関係は日本法の定める夫婦財産制によると規定した(法例15条2項)。しかし,外国法に従って締結された夫婦財産契約については,日本で登記すれば,これを第三者(この場合は善意か悪意かを問わない)に対抗できると定め(同条3項),夫婦と第三者との間の利害の調整をはかっている。
執筆者:鳥居 淳子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
夫婦の財産関係に関する法制度をいう。
父権的(家父長的)な家族制度の下では、妻は夫の支配と庇護(ひご)に服するため、夫婦の財産関係を法律で定めることはなかった。しかし、経済的および思想的に、妻の独立の地位が確認されるようになると、夫婦の財産関係をどのように規律すべきかが大きな問題となった。そして、ヨーロッパ各国の立法では、財産の帰属に従い、次の三つの形態がとられた。すなわち、すべて夫の財産となる財産吸収制、夫婦の共有とする財産共有制、および、各自の財産をそれぞれが所有する別産制である。これに加えて、財産の管理権の所在に従って、(1)夫に妻の財産を管理させる、(2)共同管理とする、(3)別々の管理とする、という三つの形態がある。これらの組合せによって多数のタイプの夫婦財産制が可能であるが、基本的には、別産制であり、かつ、各自がその財産を管理するという形態が現在の主流である。日本民法も、第762条1項において、「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする」と規定し、夫婦別産の原則を明らかにする。ここにいう「特有財産」とは、各自の財産という以上の意味はなく、自分が持参した嫁入り道具・相続した財産・給料などが含まれる。そして第762条2項では「夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する」としている。
ところで、婚姻しようとする男女は婚姻後の夫婦の財産関係を自由に定めることができる(夫婦財産契約)が、なんらの定めをもしなかったときは、民法の定める夫婦財産制(法定財産制)が適用される(民法755条)。
[石川 稔・野澤正充]
この契約は、婚姻しようとする男女が婚姻届を出す前に締結し、その旨を登記しなければ、夫婦以外の者に対して、かかる契約が結ばれていることを主張することはできない(同法756条)。また婚姻後は契約内容を変更することは原則として許されない(同法758条)。日本ではこの契約が結ばれることはほとんどない。
[石川 稔・野澤正充]
民法の定める夫婦財産制は、前述のとおり、夫婦それぞれの財産はそれぞれの所有財産であって、それぞれが管理・収益すべきものとされている。
(1)夫婦の一方が婚姻前から有した財産や、婚姻中に自己の財産から支出することによって自分の名前で得た財産は特有財産、すなわちその者の所有財産とされる。そして、いずれの所有財産か明らかでない財産や、一方の名義になっていても実際には夫婦双方の所有とみられるべき財産(たとえば、家計から支出され購入された家具・家財や生活資金としての預金や夫婦の協力で取得した住宅など)は共有財産と推定される(同法762条)。
(2)生活費、子供の養育費、教育費、医療費など夫婦が共同生活を営んでいくために必要な費用は、夫婦双方の資産・収入その他いっさいの事情を考慮して分担する(同法760条)。分担するといっても、サラリーマンの妻のように無収入・無資産であれば、全額夫が負担することになる。分担義務は別居中であってもなくならない。
(3)夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と取引をした場合には、他方も連帯して責任を負う(同法761条)。日常の家事とは、夫婦の共同生活に必要ないっさいの事項、たとえば日用品の購入、教育費・燃料費の支出、家賃の支払いなどをいう。日常の家事に属さない取引については取引行為をした者だけが責任を負う。また日常の家事に属する取引でも、他方が責任を負わない旨を取引の相手方に予告してあれば、連帯責任を負わない(同法761条但書)。
[石川 稔・野澤正充]
国際結婚においては、夫婦財産制に日本法が適用されるとは限らない。諸外国の法律は、夫婦財産契約の締結時期、変更の許否などについて異なり、また、法定財産制についても別産制、共有制などの違いがある。実際の生活においても、日本では夫婦財産契約が締結されることはきわめて少ないが、フランスのように、過半数の夫婦が夫婦財産契約を締結する国もあるといった違いがみられる。
日本の国際私法典である「法の適用に関する通則法」(平成18年法律第78号)では、第26条に夫婦財産制の準拠法が規定されている。それによれば、夫婦の国籍や常居所などに基づいて準拠法が定められることとされ(段階的連結)、夫婦が一定の方式で一定の法律のなかから準拠法を決めておけば(限定的当事者自治)、それが優先される。また、夫婦財産制の準拠法が外国法となる場合には国内でその夫婦と取引をする第三者の予想に反する結果となりかねないので、取引の安全のため、一定の第三者は保護されることとされている(内国取引保護)。なお、婚姻費用の分担や日常家事債務の連帯責任の問題は、国際私法上は婚姻の身分的効力(同法25条)とみる見解もあるが、夫婦財産制の一内容とみるべきであろう。
[道垣内正人 2022年4月19日]
まず、夫婦財産制について夫婦による準拠法の選択のない場合には、次のような段階的連結の方法により準拠法が定められる。第1段階では、夫婦の本国法が同一であるか否かがチェックされ、同一であればその法(同一本国法)が準拠法とされる。この場合、重国籍の者については、国籍を有する国のうち常居所を有する国があればその国の法、そのような国がなければ当事者にもっとも密接に関係する国を具体的状況のもとで判断し、その国の法がその者の本国法とされる(「法の適用に関する通則法」26条1項)。なお、無国籍者の場合にはこの第1段階は成立しないものとして扱われる(同法38条2項但書)。次に、夫婦の本国法が同一でない場合には、第2段階として、常居所地法が同一であるか否かがチェックされ、同一であればその法(同一常居所地法)が準拠法とされる。最後に、第3段階として、同一本国法も同一常居所地法もない夫婦については、婚姻挙行地や財産所在地などを考慮して具体的状況のもとで夫婦にもっとも密接な関係のある地の法による。以上の段階的連結によれば、客観的に準拠法は定まるが、当事者による準拠法指定がある場合にはそちらで定められる法が優先して準拠法とされる。
[道垣内正人 2022年4月19日]
一般の契約の場合には当事者による準拠法指定が認められているが(当事者自治)(「法の適用に関する通則法」7条)、夫婦財産制の準拠法決定については、夫婦財産制が家族法にかかわる問題であるため、かつては当事者自治は認められていなかった。しかし、夫婦財産制には財産法的な性格もあり、夫婦財産制に適用される準拠法を固定化し、本国や常居所などの変動によって夫婦財産制の準拠法が変更してしまうことがないようにしたいとのニーズもあり、現在では日本の国際私法でも限定的な形ではあるものの、当事者自治が認められている。これは、1978年にハーグ国際私法会議で作成された「夫婦財産制の準拠法に関する条約」(1992年発効、日本は未批准)や諸外国の近時の国際私法立法の傾向と一致するものであり、国際私法は統一されるべきであるとの理念にも沿うものである。
もっとも、一般の契約とは異なり、夫婦財産制の問題状況にはある程度の共通性がみられるため、最密接関係地法を適用すべきだという国際私法の基本目的に配慮して、選択できる準拠法の候補は限定されている(「法の適用に関する通則法」26条2項)。すなわち、選択できる準拠法の範囲は、夫婦の一方が国籍を有する国の法律(同項1号)、夫婦の一方の常居所地法(同項2号)、および不動産に関する夫婦財産制についてはその不動産の所在地法(同項3号)のいずれかでなければならない。この第3号は、不動産が各国に散在しているときには、それぞれをその所在地法による旨の準拠法の指定を認めるものである。
この準拠法選択は夫婦財産契約とともになされることが多いであろうが、選択した準拠法上の法定財産制によることも排除するわけではない。また、選択の時期についても制限はない。この準拠法選択の合意は、日付および署名のある書面によってなすべきことが規定されている。
[道垣内正人 2022年4月19日]
以上の規定によって夫婦財産制の準拠法が外国法とされ、日本法と異なる制度が適用されると、日本での法律行為によって、あるいは日本にある財産についてその夫婦と取引する第三者にとっては、日本法上の夫婦財産制が適用されないことは不意打ちとなる。たとえば日常家事債務は夫婦の連帯責任とすると規定している日本民法第761条とは異なり、夫婦財産制の準拠法とされる外国法上、一方の配偶者の日常家事債務について他方の配偶者が連帯責任を負わないとされているとすれば、日本法を前提とした取引をしている第三者には思わぬ事態となりうるであろう。そこで、取引の安全を保護するため、日本でなされた契約や日本にある財産については、外国法による夫婦財産制を善意の第三者には対抗することができないこととしている(「法の適用に関する通則法」26条3項)。ここでいう「善意」とは、知らないという意味である。しかし、その夫婦の国籍や常居所が外国であることを知っていれば、「法の適用に関する通則法」第26条やそれによって適用されるとされる外国法の内容を知らなかったからといって、保護されるわけではないと解されている。つまり、法を知らなかったという言い訳は認めないという趣旨である。また、「対抗」できないとされているので、第三者の側で外国法による夫婦財産制が適用されることがかえって有利であると判断すれば、そのまま外国法によることを選択することができる。これに対して、第三者が外国法によることを受け入れなければ、日本法によることになる。
他方、日本人夫婦の日本での法律行為であっても、その夫婦が法定夫婦財産制と異なる内容の夫婦財産契約を締結し、これを民法第756条の定めに従って登記している場合には夫婦の承継人および第三者に対抗できるとされているのであるから、取引をする者は、夫婦財産契約の登記をチェックすることが法律上予定されている。そのことを踏まえて、外国法に基づく夫婦財産契約を締結している場合にも、これを日本で登記しておけば、第三者にも対抗できるとされている(「法の適用に関する通則法」26条4項)。夫婦財産契約をしている場合に限定され、外国法上の法定財産制については登記して第三者に対抗するという途(みち)を認めていないのは、判例法を含む外国法の内容を登記簿に記載することは困難であり、法改正があった場合などつねに最新の外国法の内容を反映させることは不可能に近いからである。
[道垣内正人 2022年4月19日]
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…またドイツの採る剰余共通制(婚姻中に増えた夫婦それぞれの財産を互いに分配するもの)も,基本的には参与制と考えを同じくしている。しかし日本にはこのような慣行がなかったため,1979年に行われた相続法の改正のさいには,夫婦財産制の改正も考えられないではなかったけれども,別産制をそのまま維持することにして,配偶者の相続分を引き上げるという方法によって妻の老後の生活の安定をはかることにし,諸外国の夫婦財産制が企図するところとほぼ同じ結果を目ざすことになった。配偶者の相続分の引上げは,別産制の欠陥を是正するという目的ももっているのである。…
…たとえば,フランスでは,配偶者は直系卑属,兄弟姉妹,直系尊属によって排除されるのに対して,日本ではつねに相続人としてそれらの者と競合する地位におかれている。両者のちがいは,主として夫婦財産制のしくみのちがいに由来している。フランスでは,法定財産制である後得財産共通制に服する場合に,婚姻中夫婦のいずれかが有償で得た財産は婚姻解消時に折半されるため,たとえば,夫が死亡すると妻は相続に先立って共通財産の2分の1を取得する。…
※「夫婦財産制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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