朝日日本歴史人物事典 「約翁徳検」の解説
約翁徳検
生年:寛元2(1244)
鎌倉後期の臨済宗の僧。相模(神奈川県)鎌倉の捨て子であったと伝えられる。某氏に養育されていたのを,来日した蘭渓道隆が童役としてもらいうけた。16歳で出家,東大寺で登壇受戒し,建仁寺,建長寺と遷る蘭渓に従い,のち中国に渡って径山,霊隠寺,天童山,浄慈寺,阿育王山の,中国五山の諸師に歴参して帰国する。永仁4(1296)年建長寺主となった葦航道然のもとで首座となり,山内に長勝寺を開いて住す。その後,東勝・浄妙・禅興寺(いずれも鎌倉)に歴住し,徳治1(1306)年勅を受けて建仁寺に住した。文保1(1317)年一山一寧示寂ののち,後宇多上皇に請われて南禅寺に住し,仏灯大光国師の号を賜る。再三固辞するも許されず,「仏灯」の2字のみ受ける。<著作>『仏灯国師語録』
(中尾良信)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報