紋羽新田(読み)もんばしんでん

日本歴史地名大系 「紋羽新田」の解説

紋羽新田
もんばしんでん

[現在地名]徳島市北沖洲きたおきのす二―四丁目

吉野川(別宮口)河口部右岸三角洲に位置する。南と東は沖洲浦、西は板野郡中新田。江戸時代の絵図および明治初年の徳島藩御城下絵図(県立博物館蔵)では確認できないが、文久三年(一八六三)の徳島及周辺絵図(徳島大学附属図書館蔵)では築堤がみえ、幕末期には干拓に着手されていたと推測される。明治二年(一八六九)紋羽多四郎が沖洲浦内の小高洲とよばれていた当地を干拓して本格的な新田が成立した。多四郎は砂原であった当地に津田つだ山の石を用いて堅固な堤防を築き、新田を開いた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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