紐差教会(読み)ひもさしきようかい

日本歴史地名大系 「紐差教会」の解説

紐差教会
ひもさしきようかい

[現在地名]平戸市紐差町

カトリック教会。元治二年(一八六五)大浦おおうら天主堂(現長崎市)でのいわゆる信徒発見に伴って平戸島の中央部の潜伏キリシタンの多くが教会に復帰、島内に二ヵ所の小聖堂が置かれ、ペルー神父やラゲ神父らが司牧に任じられていたが、マタラ神父のとき当地に教会堂建設の計画があり、明治一九年(一八八六)木造の教会堂が完成した。この建立後も迫害がなく、潜伏キリシタンの教会復帰がさらに進んだため、マタラ神父は本格的な教会堂建立を望みながらも、大正一〇年(一九二一)死去

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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