結佐村(読み)けつさむら

日本歴史地名大系 「結佐村」の解説

結佐村
けつさむら

[現在地名]東村結佐

利根川左岸の低地にあり、北は上須田(かみすだ)村、東は上島(かみのしま)村。寛永七年(一六三〇)の開発と伝え、十六島(じゆうろくしま)の一で、上新島(かみしんしま)六ヵ村のなかにあった(佐原市史)。延宝八年(一六八〇)の水神社再建棟札には「結砂村」とある。元禄郷帳の村高一六四石余が天保郷帳では四一七石余に増加する。弘化二年(一八四五)の関東御取締役控帳(香取郡誌)によれば、天領で神崎本宿(こうざきほんじゆく)(現千葉県香取郡神崎町)外五二ヵ村組合に属し、村高四九五石余、家数七〇。利根川沿いに結佐河岸があり、元禄三年(一六九〇)四月に幕府が江戸への年貢米輸送の運賃を定めた関八州伊豆駿河国廻米津出湊浦々河岸之道法并運賃書付(徳川禁令考)には「結佐河岸 江戸江川通四拾五里 運賃米百石ニ付三石五斗」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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