結場村(読み)けちばむら

日本歴史地名大系 「結場村」の解説

結場村
けちばむら

[現在地名]北区有野町有野(ありのちようありの)・藤原台北町(ふじわらだいきたまち)三―六丁目・有野中町(ありのなかまち)三丁目

岡場(おかば)村の北、北流する有野川の中流域に位置する有馬(ありま)郡の村。慶長国絵図には村名はみえず、分村以前の中(なか)村五九八石余に含まれる。ただし同国絵図は八多(はた)川流域の中村の高と当地の中村の高を取違えて記す。中村の領主の変遷は慶安二年(一六四九)武蔵岡部藩安部信盛領になるまでは下司(げし)村に同じ(→岡場村)。正保郷帳の中村の高は一千一石余で、石高の増加は慶長七年―元和六年(一六〇二―二〇)の領主丹波福知山藩主有馬豊氏の増高策によるとみられる。中村分村の経緯も下司村と同じで、分村により中心村であった「村本」の結場をはじめ西尾(にしお)・馬場(ばば)・田尾寺(たおじ)の四村となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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