綱崎山遺跡(読み)つなさきやまいせき

日本歴史地名大系 「綱崎山遺跡」の解説

綱崎山遺跡
つなさきやまいせき

[現在地名]港北区茅ヶ崎町

早淵はやぶち川中流の南岸に突出した広大な台地上、標高二六―三六メートルにある。遺跡の南寄りに位置する寿福じゆふく寺の山号をとって綱崎山と名付けられた。昭和五四年(一九七九)から同五六年にかけて発掘が行われた。弥生中期の大集落跡であり、さらに同後期・古墳時代・奈良時代・平安時代にかけて集落の存在していたことが判明した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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