総社堂町(読み)そうしやどうまち

日本歴史地名大系 「総社堂町」の解説

総社堂町
そうしやどうまち

[現在地名]松前郡松前町字建石(たていし)・字弁天(べんてん)

近世から明治三三年(一九〇〇)まで存続した町。近世は松前城下の一町。松前城下の最も西に位置する町。東は生符(いけつぷ)町。宝暦一一年(一七六一)の「御巡見使応答申合書」に惣社堂町とみえる。町名は町内に祀られる惣社明神社(惣社堂)に由来する。文化三年(一八〇六)の松前市中地図では化粧(けしよう)川の南西側、海岸部に惣社町と記される。南西方に弁天(弁才天)島がある。同六年には生符町と合せて家数九七・人数三四七(「村鑑下組帳」松前町蔵)。「蝦夷日誌」(一編)に「人家凡五十余軒。皆漁師のミ也。日々蚫、海鼠をとりて市中へ持来り世業とす。小商人少し有。また此浜にも大船修理の時ニは皆陸上して作事するが故ニ四時ともニ繁華の地なり」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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