羅城跡(読み)くじらじようあと

日本歴史地名大系 「羅城跡」の解説

羅城跡
くじらじようあと

[現在地名]御所市大字櫛羅小字再深・大字小林小字再深

中世、倶尸羅氏の拠った城跡。櫛羅の井戸いど垣内小林こばやし間の西方、葛城山の丘尾上の平地にあり、東側山下には堀(溜池)を残している。

倶尸羅氏については、影現ようげん(現北葛城郡新庄町)所蔵の大般若経奥書に「応永卅四年正月廿九日、倶尸羅、願主・清原俊経」とある。これによると、倶尸羅氏の出自は清原氏であったことがうかがえる。清原氏は平安期平田ひらた庄荘官のうちにみられる(「某処分状」東大寺文書)。至徳元年(一三八四)の長川流鏑馬日記(天理図書館保井文庫)の大和武士交名条に倶尸羅殿とみえ、「大乗院雑事記」「経覚私要鈔」などにもしばしば現れ、国判衆一二家の一である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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