すべて 

羽田野敬雄(読み)はたの たかお

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「羽田野敬雄」の解説

羽田野敬雄 はたの-たかお

1798-1882 江戸後期-明治時代国学者
寛政10年2月14日生まれ。養家をついで三河(愛知県)羽田神明社・八幡社の神職となり,平田篤胤(あつたね)にまなぶ。嘉永(かえい)元年羽田八幡社境内に文庫を設立して和漢の典籍一万余巻を収集。明治元年皇学所御用掛。明治15年6月1日死去。85歳。三河出身。本姓山本通称常陸,栄木(さかき)。号は栄樹園など。著作に「参河国古歌名蹟考」「参河国官社私考」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「羽田野敬雄」の解説

羽田野敬雄 (はたのたかお)

生年月日:1798年2月14日
江戸時代末期;明治時代の国学者、神官
1882年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

すべて 

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android