習宜阿曾麻呂(読み)すげの あそまろ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「習宜阿曾麻呂」の解説

習宜阿曾麻呂 すげの-あそまろ

?-? 奈良時代官吏
神護景雲(じんごけいうん)3年(769)大宰主神(だざいのかんづかさ)のとき,宇佐八幡宮神託といつわって,「道鏡皇位につければ天下は太平になるだろう」と奏上した。翌年道鏡が失脚し下野(しもつけ)に配流されると,多褹島守(たねのしまのかみ)におとされた。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

関連語 弓削道鏡

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「習宜阿曾麻呂」の意味・わかりやすい解説

習宜阿曾麻呂
すげのあそまろ

奈良時代後期の廷臣。弓削道鏡権勢にこびて,八幡神教と称し,道鏡の天皇即位をすすめた。

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