脇坂安政(読み)わきざか やすまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「脇坂安政」の解説

脇坂安政 わきざか-やすまさ

1633-1694 江戸時代前期の大名
寛永10年2月19日生まれ。堀田正盛(まさもり)の次男。脇坂安元(やすもと)の養子となり,承応(じょうおう)3年信濃(しなの)(長野県)飯田藩主。養父の弟安方に2000石を分与する。寛文12年転封(てんぽう)となって播磨(はりま)(兵庫県)竜野(たつの)藩主脇坂家初代。実弟堀田正俊(まさとし)が大老となったのを機に願(ねがい)譜代となった。元禄(げんろく)7年4月20日死去。62歳。初名は安吉(やすよし)。通称は甚太郎。号は如水

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367日誕生日大事典 「脇坂安政」の解説

脇坂安政 (わきざかやすまさ)

生年月日:1633年2月19日
江戸時代前期の大名
1694年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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