改訂新版 世界大百科事典 「脳ホルモン」の意味・わかりやすい解説
脳ホルモン (のうホルモン)
brain hormone
昆虫で,前胸腺を刺激してエクジソン分泌を促すホルモン。BHと略記。はじめ脳から分泌されることから脳ホルモンと呼ばれたが,脳が複数種のホルモン分泌器官であることがわかり,現在では前胸腺刺激ホルモンprothoracicotropic hormone(またはprothoracicotropin)の名で呼ばれる。ペプチドもしくはタンパク性ホルモンで,いくつかの分子種が知られている。カイコでは分子量4300と2万3000ドルトン(dalton。1ドルトンは1.661×10⁻24g)の,タバコスズメガでは7000と2万9000ドルトンの2種がそれぞれ知られている。カイコの4300ドルトンのホルモンの構造だけがわかっており,これはS-S結合をもち,抗インシュリン抗体とは交叉反応を示さないものの,インシュリンのA鎖とかなり似たアミノ酸配列をもつ。分泌細胞はタバコスズメガでのみわかっており,これは脳間部の側方神経分泌細胞2個のうちの1個(計2個)である。この細胞の軸索は脳のキアズマを通り,側心体を経由してアラタ体に終わっている。前胸腺刺激ホルモンはこの種ではアラタ体から分泌されるものと考えられているが,側心体から分泌されると考えられている種もある。前胸腺刺激ホルモンの分泌は,光周期,温度,湿度などの外的,また摂食(膨満),体重などの内的刺激に応じてなされるが,分泌機構の詳細はいまのところ不明である。
執筆者:桜井 勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報