翻訳|thymus
魚類以上のすべての脊椎動物に存在する免疫器官。鰓囊(さいのう)に由来し,T細胞の分化の場として役だっている。どの鰓囊から生じるかは,動物進化の程度によって異なっているが,組織構造は,ヒトの胸腺と類似点が多い。最下等の脊椎動物である無顎類(円口類)では,明確な胸腺は認められない。無顎類のうち,ヤツメウナギの幼生では,鰓囊上皮域にリンパ球の小集団があるが,これが原始胸腺であるとは断定できない。
執筆者:村松 繁
ヒトの胸腺は胸骨の直後,心臓の前上方に位置する扁平な器官で,左右両葉に分かれるが,正中線でたがいに癒着している。胎生期の第3,第4鰓囊に由来するが,第4鰓囊由来の部分はほとんど消失する。胎生期に急速に増大し,出生時には12~15gになるが,その後もゆるやかな成長をつづけ,思春期に最大(30~40g)となる。思春期をすぎるとしだいに退化し,実質のかなりの部分は脂肪組織におきかわる。60歳で10~15g。
胸腺の表面は結合組織性の被膜につつまれ,そのつづきが実質の中に入り,小葉間結合組織となって実質を数多くの小葉lobuleに分けている。各小葉を見ると,その表層は皮質cortexと呼ばれ,細胞が密集し,中心部は細胞が皮質に比べるとまばらで,髄質medullaと呼ばれている。皮質,髄質をとわず細胞にはリンパ球,上皮性細網細胞,マクロファージの3種がある。リンパ球は小リンパ球で,丸く小さく好塩基性を示し,胸腺細胞thymocyteとも呼ばれる。骨髄から来てここに宿り,胸腺由来リンパ球thymus-derived lymphocyte(T細胞T-cellのこと)となる。上皮性細網細胞epithelial reticulum cellは鰓囊上皮に由来し,内胚葉性で,大きく不正形で,ペプチド性のホルモン(サイモシンthymosin,サイモポイエチンthymopoietinなど)を分泌する。これらのホルモンはT細胞の分化を助けるといわれている。しかし形態学的には分泌顆粒はみつかっていない。また新生児の胸腺を摘出すると,全身のリンパ臓器が発達せず,リンパ球の産生,抗体産生能力があらわれない。T細胞は胸腺から全身に送られ,B細胞の増殖分化を促したり,その抗体産生を刺激したり抑制したり,マクロファージの機能を刺激したり,異種細胞を障害したりするなど多様の能力をもつ。マクロファージmacrophage(大食細胞)は他の器官の大食細胞と同様に異物や細菌などをたべて処理する。
髄質は,皮質と比べて細胞密度が低いが,皮質との本質的な差異は不明である。ただ髄質のところどころにハッサル小体Hassall's corpuscleと呼ばれる小細胞集団がみられる。これは,変性しかけた上皮性細網細胞が扁平化し同心円状に重なったもので,中心部の細胞は核を失っている。胎生3ヵ月ころから出現し,成長とともに増加する。この小体の意義,機能は不明。老年になると胸腺の脂肪化にともないハッサル小体も減少する。
執筆者:藤田 尚男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
内分泌器官で、免疫機能にも関与し、T細胞を全身に送っている。胸腔(きょうくう)の縱隔上方かつ胸骨のすぐ後ろで、心臓および心臓大血管の前方に位置する、全体として扁平(へんぺい)な三角状の器官で、左葉と右葉とに区別できる。外観は薄い赤みを帯びていて、柔らかい構造をしている。胎生後期から出生児では長さ5~6センチメートル、厚さ1~14センチメートル、重さ15グラムほどに成長し、思春期ごろまでさらに発達し(30グラム以上)、以後は急速に退化して脂肪塊の痕跡(こんせき)となる。
内部構造は細網組織が基本となり周辺部の皮質と深部の髄質とに区別できるが、皮質部にはとくに未熟なT細胞が密在し、髄質部は著明な細網構造のなかに主として成熟したT細胞が存在している。この髄質部の中心部にハッサル(Hassall)小体とよぶ構造があり、この小体の働きはリンパ球の分化に役だつと考えられたこともあるが、詳細は不明である。
胸腺の機能についてはまだ不明な点が多いが、動物実験などで、生殖腺を除去しておくと胸腺の退化が遅くなったり、性ホルモンの投与によって胸腺の退化が促進されることなどから、胸腺は生殖腺の支配を受けているとも考えられる。胸腺を早期に摘出しても内分泌作用に影響がないことから、内分泌機能よりもリンパ組織としての機能が考えられるようになった。胎生期には骨髄その他の造血器にあったリンパ芽(が)細胞が、胸腺に移って増殖するようになると考えられるようになった。胸腺で増殖するリンパ球をTリンパ球とよんでおり、このリンパ球(リンパ芽細胞)も生後間もなくリンパ結節に移動することが知られている。
小児などで年齢不相応に、胸腺やリンパ結節など全身のリンパ組織が肥大し、心臓の血管などの発達が不十分な体質異状を胸腺リンパ体質という。この体質の人は成長発育の不全や生活力の低下を伴い、抵抗力が弱く、抜歯や注射などのわずかの外的刺激で障害を生じることもある。その他、バセドウ病、重症筋無力症、副腎(ふくじん)障害、白血病などのときにも、胸腺肥大がおこることがある。胸腺肥大の原因は副腎皮質障害ともっとも関係が深いことも指摘されている。
[嶋井和世]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…この物質は血中に入り,血管や副腎皮質に作用するので一種のホルモンとみなされる。(13)胸腺 鰓囊起源である。骨髄でできたリンパ球が胸腺の中で,その分泌するサイモシンにより抗原反応性細胞(T細胞)となる。…
…ただし,爬虫類,両生類,魚類では光の感覚器官として存在するので,〈腺〉ではない。(15)胸腺 サイモシン,サイモポイエチン,リンパ球増生因子などの物質が抽出されているが,ホルモンとして確認はされていない。(16)魚類尾部下垂体のホルモン アミノ酸41個のウロテンシンIと,アミノ酸が11個でS-S結合一つをもつウロテンシンIIがある。…
※「胸腺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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