カイコ(その他表記)silkworm
Bombyx mori

改訂新版 世界大百科事典 「カイコ」の意味・わかりやすい解説

カイコ (蚕)
silkworm
Bombyx mori

カイコは正しくはカイコガと呼ばれ,鱗翅(りんし)目カイコガ科に属する昆虫で,その繭から絹糸をとるため古くから中国や日本などで飼育されてきた。

カイコに最も近縁な昆虫としては,クワ畑に野生しているクワゴBombyx mandarinaがある。クワゴはカイコと同様カイコガ科に属し,カイコと交配して雑種をつくることができ,その雑種は完全な繁殖力をもっている。日本に生息するクワゴの染色体はn=27であるが,中国大陸にいるものは,カイコと同様n=28である。このようなことからカイコとクワゴはその祖先を共有するものと考えられている。カイコは4000~5000年前から人間に飼育されているので,野生の昆虫とは種々の点で異なった性質を示す。すなわち,幼虫の行動範囲が狭く,餌がなくなってもあまりはい回ることがなく,ガはとぶ力がないので,1m以上はなれていると雄ガは雌ガに近づいて交尾することができない。また,最近品種改良によって厚い繭をつくるようになった品種では,繭を自分で食い破ることができず,繭の両端を切開してやってはじめて繭から出て生殖を営むのである。このように,人の望む方向に改良が行われた結果,カイコは人間の保護がなければ,自然界に生存できない生物であるといえる。

カイコは卵で越冬するが,4月下旬にクワの新芽が伸びはじめたころ,蚕卵を冷蔵庫から出して25℃で保温すると,約1週間で孵化(ふか)する。孵化した幼虫は蟻蚕(ぎさん)と呼ばれるが,クワを与えると成長して約3日で食桑(しよくそう)を止め眠(みん)に入る。孵化から1眠までのカイコを1齢幼虫という。1眠は約1日でその後脱皮し,脱皮をおえたカイコを起蚕(きさん)と呼び,再び食桑を開始して2齢幼虫となる。さらに,眠と脱皮を繰り返して,5齢期の終りになると糸を吐き繭をつくる。繭の中で脱皮しさなぎ(蚕蛹(さんよう))となり,約10日後もう一度脱皮してガ(カイコガ,成虫)になる。ガは早朝繭を食い破って出てくるが,その日のうちに交尾し産卵する。したがって,孵化してから次代の卵が産下されるまで40~45日かかることになる。

 蚕卵は産下されたとき淡黄色をしているが,産下後2日目ごろからしだいに着色をはじめ,4~5日で固有色の藤ねずみ色となり翌春まで休眠に入る(休眠卵,黒種(くろだね))。しかし,カイコの種類によっては,6月産下された卵が着色しないで2週間ぐらいで孵化し(非休眠卵,生種(なまだね)),春と同じような世代を繰り返し,8月中旬ごろ2回目のガが出て休眠卵を産下するものがある。このようなものは2化性品種と呼ばれる。

幼虫の体は細長い円筒状で,頭部と胴部に区別される。頭部は灰褐色の硬いキチン板に包まれる。胴部は外骨格であるキチン外皮によって覆われ,13体節からなる。第1~第3体節に3対の胸肢,第6~第9体節に4対の腹肢,第13体節に1対の尾肢がある。また,第1,第4~第11体節の側面に気門が開口している。

 さなぎは幼虫やガにくらべて各部の区分がやや不明りょうであるが,腹面からみると触角,羽および複眼などがみられる。ガは全身鱗毛でおおわれ,頭部には大型の触角,複眼および口器などがある。胸部は前・中・後胸の3節からなり,各胸節に胸肢が,中胸に前翅,後胸に後翅があり,さらに腹部の末端には交尾器がある。

カイコはその地理的な分布から,日本種,中国種,ヨーロッパ種および熱帯種などの地理的品種に分けられる。カイコの諸形質の中で環境の影響を受けやすい化性の差による品種分類と地理的品種とは,密接な関連がある。寒冷地帯に分布する品種は1化性であり,温暖地帯に適応したものは2化性,さらに熱帯地方に適した品種は多化性を示す。カイコは外観によって,これがどのような地理的品種に属するかということのおよその見当がつく。たとえば,幼虫がずんぐり形で体色が白く繭が楕円形であれば中国種であり,日本種であれば幼虫体色はやや黒みがかっており繭は俵形をしている。ヨーロッパ種の幼虫は大型で細長く繭は長楕円形の場合が多く,熱帯種の幼虫は小型で細長く繭は紡錘形をしている。

日本におけるカイコの品種改良は江戸時代から行われていて,当時はもっぱら系統分離法による育種がなされてきた。明治時代後半から大正時代にかけて,中国あるいはヨーロッパから中国種およびヨーロッパ種が輸入され,在来種である日本種との交雑育種がさかんに行われた。その結果,全繭重(けんじゆう),繭層重あるいは生糸量歩合(一定重量の繭からとれる生糸量の比率)といった,繭ならびに生糸生産にとって重要な形質が著しく向上した。一方,1906年外山亀太郎によって一代交雑種が有利なことが提唱され,14年以降これが実用化された。その後,現在まで農家が飼育するカイコはすべて一代交雑種が用いられている。一代交雑種は原種にくらべて,強健で成育が旺盛であるので飼いやすく,しかも全繭重などが大で生産性が高い。このような品種改良と一代交雑種の普及によって,在来種の繭層重は0.15~0.2gであったものが現在0.6g程度となり,また繭糸長は500m内外であったものが1500mにもなった。

孵化したカイコに初めてクワを与えることを掃立(はきたて)という。掃立桑としては新梢の上から4~5葉目のやわらかい葉がよく,これを細かくきざんで与える。1~3齢幼虫を稚蚕(ちさん)というが,この時期の最適温湿度は27~28℃,80~90%であり,相当高い湿度が必要である。そのため,蚕座をパラフィン紙で覆うなどして保湿につとめる。しかし,眠期には覆いをとって蚕座をよく乾燥させることが必要である。稚蚕期の用桑は,クワの枝条の先端から5,6枚目のものがよいが,齢が進むにつれて葉位を下げ,かためのクワを与えるようにする。給桑回数は1日2回(朝,夕)で十分であり,つぎの給桑時まで少しクワが残っている程度の量を1回の給桑量とすればよい。

 カイコは発育が早いから,それに合わせて蚕座の面積を広げて飼育密度を適正に保つ必要がある。すなわち,掃立時の蚕座面積を1とすると,1齢の終りは約10倍,2齢の終りには約20倍,そして3齢末期には約40倍に広げるのが基準である。また,飼育を続けていくとしだいに蚕糞(さんぷん)や残桑がたまるので,これを除いてやらなければならない。このような操作を除沙(じよさ)といい,その方法は飼育しているカイコの上にカイコがくぐることのできる程度の目の網をかけ,その上からクワを与えると,カイコは網目を通ってはい上がってくる。カイコが全部はい上がってから網をもち上げ,下に残った蚕糞や残桑を除けばよい。除沙は稚蚕期には各齢1回行えば十分である。

 一方,4,5齢期のカイコを壮蚕(そうさん)と呼び,この時期は稚蚕期よりも適温,適湿は低く,24~25℃,60~75%程度がよい。用桑も稚蚕期のように厳密に選択して与える必要はなく,クワが不足しないように十分与えればよい。しかし,稚蚕期とは異なり通風をよくしてやらなければならないので,飼育室の換気を十分考慮しなければならない。

 5齢のカイコはその成長が極度に達するとクワを食べる量が少なくなり,ついに食桑を止め体が透き通り糸を吐きはじめる。このようになったカイコを熟蚕(じゆくさん)と呼び,熟蚕を営繭場所すなわち蔟(まぶし)に入れてやることを上蔟(じようぞく)という。上蔟してから4日目ごろ繭の中で脱皮してさなぎとなる。上蔟,営繭中はできるだけ湿度を下げ,通風をよくすることが必要である。

カイコは一度病気にかかるとそれを治療することはまずできないので,病気に感染しないよう飼育場所をよく消毒し清潔に保ち予防につとめることが必要である。しかし,クワの葉に付着した病原菌を除去することは困難であるので,じょうぶな品種を飼育すること,また良質のクワを十分与えカイコを健康に育てることが重要である。

 カイコの病気には,各種の病原微生物の感染によって起こるウイルス病,細菌病,糸状菌病および原虫病のほか,昆虫やダニなどの寄生による寄生虫病がある。また,タバコや種々の農薬あるいは工場から排出された煤煙(ばいえん)中の有毒物質によって発生する中毒症もある。蚕病が発生した場合には,それ以上病気が広がらないように病蚕の除去,適当な消毒処置を施すことが必要である。このために,発生した蚕病がどのような種類のものか的確に診断しなければならない。
執筆者:

カイコの原種は山野に自生する檞(かい)(カシ),櫟(れき),柞(さく)(クヌギ)などの樹葉を食って繭をつくるもので,これを野蚕・山蚕・天蚕という。山東省東部の山地ではこれを採取して繭綢(けんちゆう)をつくることが行われていた。古来,カイコの飼育と繭の採取とは女性の仕事とされ,《山海経(せんがいきよう)》海外北経に〈欧糸の野……一女子が跪(ひざまず)きて樹に拠って糸を欧(は)く〉とあり,カイコを女子に見たてている。これを原形として《捜神記》に見える太古蚕馬の神話となる。家に残された娘が,他郷に住む父を連れ帰れば妻になると家に飼う雄の馬に頼む。馬は父を連れ戻ったが,娘と父は約束を守らず,馬を殺してその皮をはぐ。馬の皮は娘を巻きこんで飛び去る。数日して馬の皮と娘はクワの大木にとまってカイコに化し,巨大な繭が採れたという。クワと女性のほかに馬が出るのは,カイコは胴が女体に,頭部が馬に似ているからだという。それでカイコの神を女神として〈馬頭娘〉とも〈馬明菩薩〉とも称するようになった。
執筆者:

魏志倭人伝》に養蚕の記載があって,日本における養蚕の古さを示す。古代の絹は貴族の独占物で,調の貢進のため農民は養蚕を強制され,《万葉集》にも〈たらちねの母が養う蚕の繭隠り〉の慣用句があるほどであったが,農村で広く行われるのは近世以後である。この生産には多くの儀礼や民間信仰が伴い,雄略天皇の命令を聞き違えて〈蚕(こ)〉でなく〈児(こ)〉を集めた少子部蜾蠃(ちいさこべのすがる)の伝説もその一端である。民間でこれを〈おこさま〉〈お姫様〉などと尊称するのは,養蚕起源譚(たん)のカイコの前身が女性であったことに基づく。これには金色姫の話と馬娘婚姻譚との2系統がある。前者は《御伽草子》その他にみえ,クワの木の空(うつ)ろ舟で日本に漂着した姫のしかばねがカイコとなった話で,まま母の奸計で遭遇した4度の危難により4回眠ると説明し,それぞれシシ(第1眠),タカ(2眠),フナ(3眠),ニワ(4眠)と呼ぶ。これは土地によって差異があるが,茨城県つくば市の蚕影山(こかげさん)神社はこの金色姫伝説を縁起とし全国の蚕影信仰のもととなっている。後者は,中国の《捜神記》に由来するとされる馬と娘との婚姻譚で,夫婦となった娘がカイコとなって天から下り,またはカイコの神にまつられたとするもので,東北日本のオシラサマがその蚕神と伝え,クワの木で男女あるいは馬の顔をつけた棒をつくる。正月にこの神をあそばせながらいたこはこの由来を説いた〈オシラ祭文〉を唱える。現在でも蚕種の包装紙や蚕種紙に馬の印を用いるのはこの説話に基づく。繭の豊作を祈願する行事として農民の習俗のいちじるしいものに小正月繭玉,蚕神の祭りである蚕日待などさまざまの習俗があり,屋根裏に蚕室を造るために民家の構造にも変化が現れ,二階造りが多くなった。これらの点でカイコの飼養とその信仰とが農民生活に与えた変動はいちじるしいものがあった。
養蚕
執筆者:


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カイコ」の意味・わかりやすい解説

カイコ
かいこ / 家蚕
飼い子
silkworm moth
silkworm
[学] Bombyx mori

昆虫綱鱗翅(りんし)目カイコガ科カイコ属に属するガ。カイコはほかのチョウやガと同じように、卵→幼虫→蛹(さなぎ)→成虫という一生を送る完全変態の昆虫である。蛹化(ようか)のときにつくる繭から良質の生糸をとるため、人間は何千年もの間、この昆虫を飼い続け、ついに人間の保護下でなければ生きることが不可能なほど、完全に家畜化してしまった。日本はもちろん、世界的にも経済上重要な昆虫であり、またカイコほど生理、生態、遺伝などあらゆる生物学分野で詳しく研究されてきた昆虫も少ない。

[井上 寛]

カイコの祖先

カイコは昆虫には違いないが、野外にいる普通の昆虫と非常に異なっている点がある。それは、人間に飼われることによって、カイコという種族が維持されていることである。もし、すべてのカイコを野外にほうり出してしまえば、カイコという種族は絶滅してしまうかもしれない。そうなると、人に飼われ、家畜化される前のカイコの先祖は何であるかが問題になる。ブタやニワトリなどの家畜には、その野生型として、イノシシ、ヤブニワトリがいるが、カイコの場合には、その祖先型ははっきりしていない。中国や日本でクワ畑の害虫とされているクワコ(桑子)Bombyx mandarinaがカイコの祖先であると推定する学者もいる。カイコとクワコは体の外部および内部の構造が互いによく似ており、交雑によって雑種をつくることができるばかりでなく、その子孫は繁殖力をもっている。染色体数は、クワコの体細胞(2n)が54、生殖細胞(n)が27であるのに対して、カイコでは2nが56、nが28である。生殖細胞の染色体数がカイコでは1個多いのは、クワコの27個のうち1個が2個に分かれたのがカイコである、という考え方がある。このようにカイコとクワコはきわめて近縁であることは確かであるが、両者は習性のうえで大きな相違があるので、このクワコ祖先説を否定する考え方もある。すなわち、カイコの野生型は何千年か前には中国にいたが、家畜化された初期のころに、逃げ出したり捨てられた飼養型と野生型が交雑を繰り返しているうちに、野生種の遺伝形質のなかに、人力を借りなければ生きることができないような、致命的な形質が混ざり、その結果、カイコの祖先型は退化し、滅亡してしまったのであろうという推理である。

[井上 寛]

カイコの一生

カイコは卵で越冬し、年1回春に発生する1化性のもの、夏と秋の2回発生する2化性のもの、年に3回以上発生する多化性のものなどがある。実際の養蚕では、卵を低温で保存し、適当な時期に孵化(ふか)させて飼育することが行われており、飼育時期によって、春蚕(しゅんさん)(はるご)、夏蚕(かさん)(なつご)、初秋蚕(しょしゅうさん)(あきご)、晩秋蚕(ばんしゅうさん)などとよばれている。

 カイコの卵は植物の種子に似ているため、蚕種(さんしゅ)とか種(たね)ともよばれている。卵はねずみ色とか濃い藤(ふじ)色をしているが、孵化3日前ごろになると、青みを帯びてくる。これは、卵の中で発育している幼虫の頭に色がついてくるためである。カイコの卵をかえすことを催青(さいせい)というが、温度は25℃で約11日かかる。青みがかった卵は、だんだん青黒色となり、孵化するとき幼虫は卵の殻の一部を食い破って出てくる。孵化したばかりの幼虫は体長が3ミリメートル程度で、体に毛が生えていて、黒くてアリのようにみえるところから、毛蚕(けご)とか蟻蚕(ぎさん)とよばれている。

 この毛蚕を鳥の羽を使って注意深く掃き集め、クワの枝の先についている柔らかい葉を刻んで与えることによってカイコの飼育が始まるが、これを「掃き立て」とよんでいる。毛蚕は2、3日すると毛が落ちたようにみえ、また体全体が黄色みを帯びてくる。さらに1日ほどたつと、クワを食べずに、胸部から先を持ち上げたまま静止する時期がある。これを眠(みん)といい、この時期に外皮の内側に新しい外皮ができ、脱皮の準備が進む。しばらくすると、頭のほうから古い外皮を脱ぎ捨て、新しい外皮をもった幼虫になる。脱皮を済ませることを「起きる」といい、起きたカイコを起蚕(きさん)とよぶ。普通、飼育されている品種のカイコは、このような眠と脱皮を4回繰り返す。第1回の眠(1眠)までを1齢、脱皮して第2回の眠までを2齢とよび、以下5齢まで続く。1齢から3齢までのカイコを稚蚕(ちさん)、4齢から5齢までを壮蚕(そうさん)という。

 カイコの発育にとって、温度は非常にたいせつである。飼育適温は、1、2齢が26~27℃、3齢は24℃、4齢は24℃、5齢は23℃であるが、20~30℃の範囲ならいちおうカイコを飼うことができる。5齢の末期になるとクワを食べなくなり、体が透き通ってくるが、これを熟蚕(じゅくさん)とよぶ。1齢から5齢までの日数は、3、3、4、5、8日ぐらいで、これに4回の眠を加え、孵化してから熟蚕になるまでに約4週間かかる。この間、体長で25~30倍、体重では1万倍に成長する。熟蚕は、木や紙、藁(わら)などでつくった「まぶし」とよばれる繭つくりの場所に移され、頭を8の字状に動かしながら盛んに糸を吐いて繭をつくる。1頭のカイコが繭をつくるのに吐く糸は、1500~2000メートルもの長さがある。熟蚕は2、3日かかって繭を完成すると、さらに2、3日してその中で幼虫の外皮を脱いで蛹になる。繭は普通白色であるが、品種によって、黄色、緑色、紅色などの色が薄くついたものもある。

 繭から生糸(きいと)をとるのは、繭の中のカイコが完全に蛹になってからで、繭をつくり始めてから7、8日目である。繭を湯につけて蛹を殺し、糸を巻き取る。普通、30グラムの重量の卵から約3万頭のカイコが産まれ、上手に育てればその繭から3キログラムくらいの生糸がとれる。この場合、クワの消費量は約1トンである。卵を採取するために、一部の繭から成虫の羽化するのを待つ。羽化は品種や温度によって異なるが、蛹になってから2週間内外で蛹はその外皮を脱いでガになる。ガは口からアルカリ性の液を出して繭を柔らかくし、穴をあけて外に出てくる。雄のほうが先に羽化し、ついで雌が羽化すると、雄は雌の発散する性誘引物質(性フェロモン)によって引き付けられ、はねを震わせながら雌に接近し、ただちに交尾する。交尾は2時間ほどで終わり、雌は受精卵を平均500粒産む。成虫ははねをもっているが、飛ぶ機能は完全に失っており、歩く際に細かく振動させるだけである。ストローのような口吻(こうふん)(舌)も完全に退化していて、なんにも摂取することができない。幼虫時代に蓄えたエネルギーによって、交尾→産卵という繁殖の役目を果たすのである。ガの生存期間は約1週間である。

 カイコの一生の形態を支配し調整しているのは2種のホルモンである。脳の後方にあるアラタ体と前胸部の前胸腺(せん)から分泌されるホルモンであり、アラタ体ホルモン(幼若(ようじゃく)ホルモン)と前胸腺ホルモン(変態ホルモン)が同時に働くと幼虫の脱皮が行われ、前胸腺ホルモンが単独で働くと変態すなわち蛹化が促進される。

[井上 寛]

カイコの品種

カイコの品種は、その産地によって、日本種、中国種、インド種、ヨーロッパ種などに大別できる。現在、各国で養蚕に使われているものは、これら相互の一代雑種が多く、形質に大きな違いはない。日本ではすべて一代雑種が使われているが、これは大正年間に外山亀太郎(とやまかめたろう)らによって改良されたものである。原種に比べてじょうぶで発育が早く、より飼いやすいので、たちまち全国に普及し、日本の養蚕業の発展に大きく貢献した。実用品種が一代雑種ですべて統一されたことは、世界でも初めてで、最近では卵の色や幼虫の斑紋(はんもん)から、一目で雌雄の区別がつくような品種もつくりだされている。現在一般に飼育されている品種は、明治末期に用いられた小石丸(こいしまる)や又昔(またむかし)という品種に比べ、繭層量・繭糸長で約2倍、生糸量歩合で約1.7倍に達している。

[井上 寛]

民俗

カイコはオカイコサマとかオコサマなど、敬称でよぶ地方が多いが、虫から絹糸がとれるということに畏敬(いけい)の念を抱き、神秘感をもったものであろう。さらに近世から近代にかけては、経済的にも重要な価値をもつようになったことも見逃せない。養蚕は古代から行われていたが、全国的に普及したのは近世以降である。東京近郊の農家では、大正時代初期から昭和の初期まで、「100円札見るにはお蚕飼え」というほど現金収入があった。養蚕は女性の労働とされている所が多く、群馬県あたりでは「蚕雇い」といって、カイコの3眠、4眠のころには他地方から若い女性を雇うことも多かった。蚕雇いが縁となり、村の青年と縁組みすることもまれではなかったという。また大正時代には、小学校の子供も「オカイコ休み」といって、学校が1週間ぐらい休校になる地方もあった。養蚕は家をあげての労働だったのである。

 養蚕技術は時代を経るにしたがい進歩しているが、カイコは生き物ゆえに、その扱い方によって繭の収穫が左右されることもある。したがって、天候、気温などの自然条件ばかりでなく、カイコといっしょに一つ家に暮らす人々の心意も、養蚕に深い影響を与えると信じられてきた。たとえば、葬式のあった家の者は養蚕期間中、他家の蚕室に入ってはならぬとか、忌みのある家はクワの葉を他村から買わなければならぬなど、死の忌みを厳しく戒めている。あるいは、カイコのある間はタケノコを家の中に入れない、竹には節(ふし)があるので、その節と同音のフシゴという病気がカイコにつくのを避けるのだと伝えている。上簇(じょうぞく)すると、団子(だんご)をつくったり餅(もち)を搗(つ)いて祝う地方が多く、関東地方ではマボシ祝い、長野県松本市付近ではコタマゲといい、蚕霊(こたま)(蚕神)を送る祝いを行っている。カイコの守り神としては、蚕影(こかげ)明神、稲荷(いなり)様、駒形(こまがた)明神などが全国的に信仰されているが、一般には年中行事として小正月(こしょうがつ)に繭玉をつくり、その多収を祈願する所が多い。

[鎌田久子]


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百科事典マイペディア 「カイコ」の意味・わかりやすい解説

カイコ(蚕)【カイコ】

カイコガの幼虫。鱗翅(りんし)目カイコガ科に属する。野生のクワゴ(桑蚕または野蚕)を古代中国で絹糸をとる目的で改良したもの。成虫は開張40mm内外,灰白色。翅はあるが飛ぶことはできない。幼虫は60mm内外,孵化(ふか)直後は黒色で,クワの葉を食べ,普通4回脱皮した後,絹糸を出して繭を作る。改良の結果多くの品種があり,東アジア各地のほかフランス,イタリアなどでも飼育されている。年1化性のものから多化性のものまであり,季節により春蚕(はるこ),夏蚕,秋蚕という。→養蚕
→関連項目おしら信仰絹織物玉繭

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栄養・生化学辞典 「カイコ」の解説

カイコ

 [Bombix mori].幼虫はsilkwormという.チョウ目(鱗翅類)カイコガ属に属するクワコを馴化したもの.絹をとる昆虫.以前は蛹を飼料や養魚用の餌にした.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カイコ」の意味・わかりやすい解説

カイコ

「カイコガ」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内のカイコの言及

【ウマ(馬)】より

…奇蹄目ウマ科ウマ属の哺乳類。現世のものはウマ科ウマ属しかない。ウマ属には,ウマ亜属(プシバルスキーウマ,家畜のウマおよび絶滅したターパン),アジアノロバ亜属(オナジャー,キャン),グレビーシマウマ亜属(グレビーシマウマ),シマウマ亜属(サバンナシマウマ,ヤマシマウマ,絶滅したクアッガ)と,それらと古く分かれたロバ亜属(アフリカノロバと家畜のロバ)がある。北アメリカ起源であるが,現代では野生種はアジア,アフリカにだけ分布する。…

【ガ(蛾)】より

…そして次のような科が日本に分布している。ボクトウガ科(7種),ハマキガ科(556種),ホソハマキガ科(40種),ミノガ科(21種),ヒロズコガ科(33種),チビガ科(2種),ハモグリガ科(19種),ホソガ科(136種),コハモグリガ科(5種),アトヒゲコガ科(12種),ヒカリバコガ科(2種),スガ科(81種),メムシガ科(26種),ナガヒゲガ科(2種),ホソハマキモドキガ科(19種),ササベリガ科(2種),マイコガ科(2種),ホソマイコガ科(1種),ヒロハマキモドキガ科(2種),スカシバガ科(25種),ハマキモドキガ科(32種),ニセハマキガ科(1種),マルハキバガ科(57種),スヒロキバガ科(9種),ニセマイコガ科(10種),ヒロバキバガ科(1種),クサモグリガ科(4種),ツツミノガ科(26種),ネマルハキバガ科(2種),キヌバコガ科(2種),カザリバガ科(24種),ヒゲナガキバガ科(13種),キバガ科(75種),ニセキバガ科(1種),ニジュウシトリバガ科(3種),シンクイガ科(10種),マダラガ科(28種),セミヤドリガ科(2種),イラガ科(26種),セセリモドキガ科(3種),マドガ科(24種),メイガ科(600種),トリバガ科(56種),カギバガ科(30種),オオカギバガ科(2種),トガリバガ科(38種),シャクガ科(790種),ツバメガ科(4種),フタオガ科(18種),アゲハモドキガ科(1種),イカリモンガ科(2種),カレハガ科(20種),オビガ科(1種),カイコガ科(5種),イボタガ科(1種),ヤママユガ科(12種),スズメガ科(70種),シャチホコガ科(120種),ドクガ科(52種),ヒトリガ科(107種),ヒトリモドキガ科(5種),コブガ科(39種),カノコガ科(3種),ヤガ科(1200種),トラガ科(6種)。以上のように,日本産のガは4500種にも達しているが,チョウの種数はその1/20くらいしかない。…

【蚕種】より

…カイコの卵のことをさす産業用語。繭をとるために飼育しているカイコは〈普通蚕種〉と呼ばれる蚕種から孵化(ふか)したもので,日本種と中国種を交配して作った交雑種である。…

【雌雄鑑別】より

…家畜,家禽(かきん),家蚕などの雌雄を識別すること。経済性を高めるためや正確な繁殖を行うために必要で,とくにニワトリやカイコでは重要である。
【家禽の場合】
 採卵用の家禽では雌雛(ひな)のみが有用であり,肉用のものでも雌雄を別の群で管理するほうが利点が多い。…

【人工飼料】より

…特定の目的をもって天然の飼料のかわりに与える飼料。養蚕においてはカイコはクワを唯一の飼料としていたが,近年クワをまったく含まない人工飼料で飼育することが可能となり,養蚕はクワの生産の季節的変動から解放されることになった。これはカイコの飼料摂取の機構の研究によって,クワに含まれる異なったさまざまの摂取誘起物質が明らかにされ,それを応用してカイコを人工飼料に誘引し,かみつかせ,さらにのみこませ消化させることができるようになったからである。…

【養蚕】より

…クワを栽培し,そのクワでカイコ(蚕)を飼育し,繭を生産すること。人類は農業が始まる以前,山野に自然にできたものを採って食糧や衣類などの原料にしていた。…

※「カイコ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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