膳部山城跡(読み)ぜんぶやまじようあと

日本歴史地名大系 「膳部山城跡」の解説

膳部山城跡
ぜんぶやまじようあと

[現在地名]上中町瓜生

膳部山の山頂、ほぼ南北に蛇行する稜線上にある。城郭の延長は二四〇メートルに及ぶが、馬背状の尾根筋を削平して造成したものらしく、幅は最大で二〇メートルと狭い。主郭跡と思われる所からは眺望が開け、鳥羽(とば)谷はもとより小浜方面まで見通すことができる。

「若狭郡県志」に「在上中郡瓜生村膳部山、相伝松宮玄蕃允拠之、又村中有宅跡、玄蕃允武田家麾下之勇士也、某子弥助ト云者、仕武田義統矣」と記す。松宮氏の出自は不明だが、守護武田氏の被官であり、確証はないが禁裏御料所上吉田(かみよしだ)庄の代官であった可能性もある(「御湯殿上日記」大永七年四月一七日ほか)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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