臼ヶ沢村(読み)うすがさわむら

日本歴史地名大系 「臼ヶ沢村」の解説

臼ヶ沢村
うすがさわむら

[現在地名]松山町臼ヶ沢

大沼新田おおぬましんでん村の南にあり、西は最上川を境に沢新田さわしんでん(現東田川郡余目町)。最上街道が通り、当村より山寺村へ一二町の所に一里塚があった(「正保庄内絵図」本間美術館蔵)。当村は最上義光の家臣斎藤隼人が開発、寛永三年(一六二六)に治郎左衛門と彦四郎が加わり、のちに隼人の分家も含め四軒で開墾し、当初は四ッ興屋と称したという(「臼ヶ沢開発由来」臼ヶ沢区有文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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