興信法親王(読み)こうしんほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「興信法親王」の解説

興信法親王 こうしんほうしんのう

1358-1391 南北朝時代,崇光(すこう)天皇の第2皇子。
延文3=正平(しょうへい)13年生まれ。母は源資子。京都勧修寺(かじゅうじ)の尊信法親王のもとで出家,のち親王宣下をうける。安祥寺寺務,勧修寺長吏などを歴任明徳2=元中8年4月5日死去。34歳。号は施無畏王院。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...

四万六千日の用語解説を読む