興福寺興福寺仏頭

山川 日本史小辞典 改訂新版 「興福寺興福寺仏頭」の解説

興福寺 興福寺仏頭
こうふくじこうふくじぶっとう

678年(天武7)に鋳造され,685年に開眼された飛鳥の旧山田寺の丈六仏像(「上宮聖徳法王帝説裏書)。南都焼打の後,本尊再興が難航した興福寺東金堂の本尊とすべく,1187年(文治3)に東金堂衆が奪取した。1411年(応永18)の火災により頭部のみ遺存。明朗な青年相に白鳳様式の典型を示す。興福寺国宝館に収める。高さ98.3cm。国宝。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

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