船ヶ谷遺跡(読み)ふながたにいせき

日本歴史地名大系 「船ヶ谷遺跡」の解説

船ヶ谷遺跡
ふながたにいせき

[現在地名]松山市安城寺町

松山平野の西北隅に近く、久万くま川の上流域にあたる、標高約五メートルの平地部にある。海岸との直線距離約三・五キロ。限定地域の調査で遺跡の広がりは確実でないが、東西・南北各三〇メートル四方の中に護岸状木杭や船着場を考えさせるような木組、また生活や祭祀の場にみられる土偶・木偶・岩偶らしいものまで出土している。川の左岸には竪穴住居跡があり、この床面から黒色研磨土器や粗製土器など縄文晩期の磨石斧・削器・石包丁や石鍬状石器・石鏃石錘砥石、それらの工作台状の石などを出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 久万 残存

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む