船元貝塚(読み)ふなもとかいづか

日本歴史地名大系 「船元貝塚」の解説

船元貝塚
ふなもとかいづか

[現在地名]倉敷市粒江 船元

種松(たねまつ)山の北山麓にあり、山裾から延びだす低い台地の先端に残されている。貝塚を構成している縄文中期の貝層は、ハマグリ、ハイガイ、マガキを主体とした鹹水産貝類で、当時、前面には浅い泥海性の海が広がっていたことを示している。大正九年(一九二〇)人骨による石器時代日本人の研究のために発掘され、人骨一四体を出土して以来、貝層の大半は人骨を求めて発掘された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 遺物 分布 遺跡

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む