船越貝塚(読み)ふなくやーかいづか

日本歴史地名大系 「船越貝塚」の解説

船越貝塚
ふなくやーかいづか

[現在地名]石垣市伊原間

伊原間(いばるま)集落の南、国道三九〇号から平久保(ひらくぼ)半島への道と野底(のそこ)方面への道が分岐する三差路付近の標高三―四メートルの砂丘地に立地。先島先史時代後期の集落遺跡で、一九七八年(昭和五三年)に発掘調査が行われた。層序は四枚でII―III層が文化層。土器はまったく出土しない。人工遺物の大半を石斧が占め、部分磨製の片刃・両刃、全面磨製の片刃・両刃の四種に分類され、先島先史時代後期の遺跡でしか出土しない全面磨製の柱状片刃石斧一点が得られている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む