芝薬師(読み)しばのやくし

日本歴史地名大系 「芝薬師」の解説

芝薬師
しばのやくし

[現在地名]左京区浄土寺真如町

元禄六年(一六九三)京都市上京区の寺町今出川てらまちいまでがわから現在地に移転。当初は上京区の芝薬師町の地にあり、中昔京師地図は同町付近を「芝ノ薬師地」と記す。正式には大興だいこう寺と号し、山号は霊芝山、臨済宗東福寺派。本尊薬師如来縁起(山城名勝志)や「山州名跡志」によれば、近江比叡山が女人禁制のため、後鳥羽上皇が仏師運慶に命じ、根本中堂の薬師仏を模して坐像一体を造らせ、四町四方の地をひらき、堂舎を建立して女人参詣の便をはかったのが始まりである。その後、足利尊氏が元から関羽将軍像を得て当寺の傍らに安置し、丹州波見保、勢州天花てんけい(現三重県嬉野町)・小野村などの荘園を寄進したという(拾遺都名所図会)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報