花折院跡(読み)はなおりいんあと

日本歴史地名大系 「花折院跡」の解説

花折院跡
はなおりいんあと

[現在地名]高野町高野山

古く蓮華れんげ谷の南側、蓮華三昧れんげさんまい院の近くにあったが、現存しない。花折谷の地名が残り、文化一〇年(一八一三)高野山細見絵図では、小田原おだわら谷の枝谷西光院さいこういん谷の南最奥部、現高野山小学校の南に描かれる。聖方の一院で、開基は藤原定家の曾孫山陰明釈(正二位大納言為世)。嘉暦四年(一三二九)高野山に登り蓮華谷に草庵を結んだという(高野山通念集・続風土記)。「高野伽藍院跡考」には正中二年(一三二五)九月二三日登山と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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